[労働]転勤命令は無効とならないが、東京支社の次長は管理監督者に当たらず、残業代の請求が認められた
■会社から嫌がらせを受けている
エンジニア・技術者、企業役員・取締役、トラック運転手は、企業でも特殊な技能を発揮することが期待されており、労働問題が起きやすい職種です。
特にエンジニアなどでは、パワハラや退職に伴うトラブルといっても、情報技術、物理、化学など理系の知識が必要になることが少なくないです。
そのような専門知識が問題の解決に何の関係もない場合はよいですが、会社としては専門知識の分野に紛争の中心部分を持ち込むことによって、労働基準監督署や弁護士の追及を免れようとする場合もよく見受けられます。
当事務所では弁護士、事務スタッフが情報技術の背景をもっていることから企業側が専門的な知識を持ち出しても適切に対応できるほか、労働者自身の技術的知識を反映させた紛争対応が可能です。
■会社内での嫌がらせ
いったん会社内で対立が起きると、自分の立場を理解してくれる同僚や上司に必ずしも恵まれるというわけではなく、会社内で孤立してしまうケースは珍しくありません。
正義に反する会社の行為に対して、なぜか上司や同僚も同調してしまい、正しいことを発言しているにもかかわらず、会議から外される、陰口を言われる、些細なことで注意を受けたりする、といった嫌がらせが始まります。
■転勤命令が無効となるか?
東京地裁令和6年1月30日判決2024WLJPCA01306002では、東京支社から石川本社への転勤命令について有効性が争われました。
裁判所では、まず「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。上記の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである(最高裁昭和61年7月14日判決・裁判集民事148号281頁)。」との最高裁判決を引用してこれにあてはめをおこないました。
そして、原告が上司との確執があったとしても、入社時に転勤の可能性があることが示されていたこと、石川への転勤の業務上の必要性が否定できないことを理由に転勤命令は無効とならないと判断しました。
また原告は離婚後東京にローン付きで住宅を所有していたという事情もりましたが、裁判所は、適切な方法で売却するなどできるはずであるとして、特段の事情にはあたらないとしました。
この事例では、転勤命令が原告に対する嫌がらせや退職を迫るものというところまでは認められなかったですが、自宅に介護の必要な親がいるなどの事情がある場合には特段の事情がみとめられる可能性があります。
また本人に対する退職に向けた嫌がらせといえるかどうかは判断が難しい場合も多いですが、本人に対する嫌がらせが頻繁に起きていたという事情など文脈によっては嫌がらせの目的を立証できる場合もあると思います。
■管理監督者といえるか?
また同じ東京地裁令和6年1月30日判決2024WLJPCA01306002では、原告が次長の役職にあることから管理監督者にあたるとして残業代が支払われていませんでした。
そのため原告が管理監督者にあたらず残業代を支払わなければならないのではないかが問題になりました。
裁判所は、まず「労基法41条2号の管理監督者とは、労務管理について経営者と一体的な立場にある労働者をいい、具体的には、当該労働者が労働時間規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務や権限を担い、責任を負っているか否か、労働時間に関する裁量を有するか否か、賃金等の面において、上記のような管理監督者の在り方にふさわしい待遇がされているか否かという三点を中心に、労働実態等を含む諸事情を総合考慮して判断すべきである。」との基準を立てました。
そして本件の原告は、「東京支社においてB(注:Bは次長の地位にあった。)に次ぐ地位にあり、次長として役職のない社員の倍程度の630万円の年収ベース」、「部下の勤怠表のチェック等をし、東京支社での採用面接に同席して意見を述べる地位にはあった」としましたが、「原告固有の人事に関する権限が付与されていたとは認められないし、幹部会にも出席できず、被告各部門の損益計算書の閲覧もBの裁量次第であったこと、原告も部下同様に勤怠表で勤務時間を管理され、昇進後も特に異なる扱いはされていなかったこと等に照らすと、原告が労務管理について経営者と一体的な立場にある労働者であったとは認めることができない。」としました。
東支社店の次長という高い地位にありましたが、人事の採用や労務管理についての権限はなく、幹部として経営会議に出席していたわけでもないことから管理監督者とはいえないと判断しました。
一般の企業でも部長クラスの役職で管理監督者として残業代をカットするケースは頻繁にみられるところですので、多くの場合は管理監督者であることを争点とすれば否定されるものと考えられます。
この事案でも法定労働時間を超えた部分について割増賃金の請求と付加金の請求が認められています。
■「管理職だから残業代は出ない」は多くの場合誤り
一般に管理職になれば残業代は出ないという伝説(?)が信じられていますが、この裁判例が示すように、残業代が出ないほどの管理監督者とは、労務管理について経営者と一体的な立場にある労働者でなければならないので、株式会社であれば取締役クラスの役員でなければなりません。通常に言われる部長クラスであればほとんどの場合、管理監督者にあたらないと考えてもよいくらいだと思います。
会社にとって都合のいい制度を都合の良いように解釈するのはリスクがともなうことに注意しましょう。
■お気軽にご相談ください。
水野健司特許法律事務所
弁護士 水野健司
電話(052)218-6790