令和5年以降の最新裁判例からみた労基法の「管理監督者」該当性(管理監督者性)について(名古屋の弁護士
■雇われ店長に残業代は出ない?
かつてマクドナルドの店長は管理職なので残業代は出ないとされていましたが、裁判でこれが否定されたことから大きく報道されました。
しかし、その後もなぜか課長又は部長クラスになれば管理職になるからもう残業代は出ない、という実務の取り扱いが横行しているように思います。
私が中小企業の社長や労働者の方々から話を聞く限り、営業部、製造部のトップになる(部長になる)→管理職になる→労働基準法41条2号の管理監督者になる→残業代(時間外労働等に対する割増賃金)はでない、というように考えている中小企業の経営者は多いように思います。
つまり管理職=「管理監督者」という誤解です。
■会社経営にとって重大なリスクとなる
では課長、部長が「管理監督者」でないとしたらその会社はどうなるのでしょうか。
当然ながら残業代を支払っていなかった課長や部長に対して過去3年分の残業代(時間外労働等に対する割増賃金)を支払わなければならなくなります。
その際、役職手当を出していたのだから残業代に充当できると考えている経営者もいるかもしれませんが、多くの場合役職手当は残業代に充当することはできません。そればかりか役職手当分は基礎賃金に含まれるため残業代を支払う場合の時給を引き上げることになってしまいます。
このように「管理監督者」の判断を誤ることは単にコンプライアンスとしての問題だけではなく、会社の財務に直接かつ重大な影響を及ぼす問題となるのです。
そこで、今回は令和5年以降の最新裁判例から、裁判所がどのように「管理監督者」を判断するのかを確認し、判断のポイントを考えてみたいと思います。
■「管理監督者」の判断基準について
まず、労働基準法41条2号の管理監督者が同法上の労働時間等に関する規定の適用から除外される趣旨について東京地裁の裁判例*3では「その職務の性質や経営上の必要から、経営者と一体的な立場において、労働時間、休憩及び休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されるような重要な職務と責任、権限を付与され、実際の勤務態様も労働時間等の規制になじまない立場にある一方、他の一般の従業員に比して賃金その他の待遇面でその地位にふさわしい優遇措置が講じられていることや、自己の裁量で労働時間を管理することが許容されていることなどから、労基法の労働時間等に関する規制を及ぼさなくてもその保護に欠けるところはないと考えられることによる」としています。
経営者と一体となって活動する権限があり報酬も高いことから時間で管理する必要がないというものです。
そして管理監督者の判断基準としては、「①当該労働者が実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されているか、②自己の裁量で労働時間を管理することが許容されているか、③給与等に照らし管理監督者としての地位や職責にふさわしい待遇がなされているかという観点から判断するのが相当である」としています。
つまり①職務と権限、②時間管理に対する裁量、③待遇の3つの判断要素をあげています。
■取締役特販部長について管理監督者性が否定された事例*1
本件は取締役として営業部員を指揮監督する立場にあった原告について管理監督者にあたるのかが争われました。
●(1-1) 職務内容及び権限について
まず裁判所は「取締役特販部長として、被告内において被告代表者及びその子である専務取締役に次ぐ職制上の地位にあり」、「6名の営業部員の上司として、営業部員の配送先の割り当てなどをしていた」ことから「労務管理のうち業務分掌について一定の権限を有していた」としています。
しかし、「1年に一、二回程度、代表取締役及び常勤取締役3名が集まる会議に参加していたものの」、「その会議において被告の企業運営上の重要な事項について影響を及ぼす言動をしたとは認められない」とし、「上記会議においてそのような事項について議論及び意思決定がされたとも認められない。」し、「営業部員の配送先の割当てに関与していたことは認められるものの、これらの者の賃金や地位などの処遇に係る権限を有していたとは認められないし、採用や人事考課に係る権限を有していたとも認められないのであるから、原告が労務管理上の指揮監督について有していた権限は非常に限定的である。」としました。
つまり経営や労務管理についての職務や権限は限定されていました。
「他方で、原告は、毎日おおむね朝8時までに出社して米の配送準備をしたり日によっては配送業務をしたりしつつ、取引先を回って営業に従事している」ことから「個々の営業活動が中心的なものであった」としています。
そして取締役会については請求期間中一度も開催されていなかったとしました。
●(1-2) 労働時間に係る裁量の有無をはじめとする勤務態様について
次に労働時間に対する裁量等については、「原告は一般の従業員と同様かつ取締役就任前と変わらない営業及び配達業務に従事していた上、タイムカードによる労働時間の管理及び把握を受けていたものといえる。そうすると、原告は、本件請求期間を通じて、労働時間に係る裁量を有していなかった」としました。
●(1-3) 賃金等の待遇について
さらに賃金等の待遇については、「令和3年分給与総支給額は471万3000円であり、この金額は、被告の次期社長候補である取締役専務の給与総支給額(477万円)に次ぐ金額であるし、営業課長の令和3年分給与総支給額(368万3000円)よりも約100万円高額であって、被告においては比較的高額の報酬の支給を受けている」としながら、「しかし、原告が令和3年に受けた報酬のうち13万3000円はコスモ手当」であり、「これは原告のコスモへの配達業務の対価として計算された金額であるから、原告の職責や地位の対価としての趣旨を含まない」とし、「コスモ手当を除いた原告の本件請求期間中の報酬額は1か月当たり34万5000円又は35万5000円である」として、「本件請求期間後ではあるものの、割増賃金を併せて1か月当たり31万円の支給を受けている者がいること」、「その差は1か月当たり最大4万5000円程度にとどまるのであって、残業代が支給されていない管理監督者にふさわしい処遇を積極的に基礎付ける程度のものとはいえない。」としました。
他の従業員よりは高額の賃金ではあるものの、管理監督者にふさわしいほど高額の報酬ではないということです。
●(1-4)裁判所の結論
結論として、「被告において、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にあったとはいえない。」ことから「原告は、管理監督者に該当しない。」としました。
●(1-5) コメント
この事案では取締役として営業部員を指揮する立場にありましたが、経営の意思決定に参加していないこと、労務について採用や人事評価に関与していないこと、また報酬は比較的高額とはいえるものの残業代が出ない程度の待遇とはいえないとして管理監督者性を否定しました。
名ばかりの取締役で自ら営業活動を担当していたというような場合では、ほぼ管理監督者性は否定されるのではないかと思います。
これも実務上は多く存在すことが予想される類型です。
■東京支社の次長について管理監督者性が否定された事例*2
この事案では東京支社で次長の立場にあった原告が管理監督者性を争いました。
●(2-1)裁判所の判断
裁判所は、「原告は東京支社においてBに次ぐ地位にあり、次長として役職のない社員の倍程度の630万円の年収ベース」であり、「部下の勤怠表のチェック等をし、東京支社での採用面接に同席して意見を述べる地位にはあった」としながらも、「原告固有の人事に関する権限が付与されていたとは認められないし、幹部会にも出席できず、被告各部門の損益計算書の閲覧もBの裁量次第であったこと、原告も部下同様に勤怠表で勤務時間を管理され、昇進後も特に異なる扱いはされていなかったこと等に照らすと、原告が労務管理について経営者と一体的な立場にある労働者であったとは認めることができない。」としました。
●(2-2)コメント
この事案では、報酬は一般従業員の2倍程度と高かったものの、経営に参加しておらず財務諸表にも自由にアクセスできていないこと、採用や労務管理についても権限は限定的であるとし、管理監督者性が否定されました。
では東京支社の支社長であった場合はどうか、という疑問が生じます。もちろん次長よりは管理監督者性が肯定されやすくはなるでしょうが、支社長であってもどの程度経営や労務に関して職務や権限があったのか、労働時間に対する裁量の有無、報酬の額などを検討してみないとわからないというのが現在の裁判実務ではないかと思います。
■「内部監査プラス施設支援」について管理監督者性が否定された事例*3
本件は「内部監査プラス施設支援」という役割を果たしていた原告が管理監督者性を争ったものです。
●(3-1)裁判所の判断
裁判所は、「原告の業務内容は、平成30年5月の時点においては、「内部監査プラス施設支援」とされ、当該業務は本来、各事業所の運営や従業員の人事評価・人員配置も含めた発言権を伴うものであったと認められるから、原告が被告において、ある時期においては、一定の権限を有していた」としました。
しかし、「同月の時点においても、原告が具体的にいかなる権限を有していたかは判然とせず、労務管理に関して指揮監督権限を有していたと認めるに足る証拠もない。また、被告は、原告がその職務を果たしていないと判断したことから、原告に対して職員のヘルプ要員としての業務を依頼するようになり、原告において次第にヘルプ要員としての稼働が増えていった結果、実質的には、一般従業員と同様の働き方をするに至っていたものであり、原告の担当業務は実質的に変更されていたといえるから、原告が元々は一定の権限を有していたとしても、本件請求期間の時点で同様の権限を有していたとは必ずしもいえない。」としました。
元の権限の内容は明らかでないが、変更後は一般の従業員と変わらない働き方であったとしています。
また「原告の出退勤時刻は、おおむね午前9時から午後6時までとなっており、上記勤務時間は、施設における一般の従業員の勤務時間(就業規則17条によれば、施設勤務者は3通りのシフト制が採られているところ、このうち「シフト1」の始業時刻は午前9時から午後6時まで、休憩時間1時間である。)と合致する」こと、「被告は、令和2年9月頃(原告の職位が「内部監査プラス施設支援」であった時期)、休憩時間の取り方について原告に対する指導を繰り返しており、勤務実態としては、原告が一定の労働時間管理を受けて就労していたことは否めないことをも踏まえると、本件請求期間において、原告が、労務管理等についての権限を有しているなど、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されていたと認めることはできず、労働時間についての広い裁量があったとも認め難い。」としました。
また「原告の賃金は月額27万円であったところ、それ自体が直ちに管理監督者性を基礎づけるほどに高額とはいえない」とし、「原告が被告における他の従業員との比較において、賃金等の待遇面で優遇されていたことを認めるに足る証拠もない」としました。
結論として「原告が労働基準法41条2号に定める管理監督者に該当するということはできず、被告の主張は採用できない。」としました。
●(3-2)コメント
本件では、職務や権限などの働き方に変更があったものとされていますが、変更後は、労働時間の裁量、報酬等の待遇のいずれも管理監督者の水準には程遠いという印象を受けます。
それでも本訴訟が提起されるまでは会社実務では管理監督者として残業代を支払っていなかったということであり、経営者に有利な一方的な解釈でが続けられていたことになります。
実際はこのような中小企業も多いのではないかと思います。
■戦略営業部の責任者について管理監督者性が否定された事例*4
この事例では、会社の会長とともにプロジェクトに参加し、戦略本部の責任者であった原告が管理監督者性を争いました。
●(4-1)業務の態様、権限、責任
裁判所は、業務と権限について、「原告は、被告における最重要部門である戦略本部において、「C」ブランドの事業経営について、乙山会長から示されたアイデアや大枠をもとに、企画内容、出店場所、メニューリスト、価格やコスト等について案を作成し、乙山会長とD常務とともに三者で話合いをして調整し、乙山会長の承認後はD常務とともに実行フェーズに移すという業務を遂行していたほか、戦略営業部の責任者として、「C」13店舗を統括していたのであって、これらの業務が被告にとって経営上非常に重要なものである」としました。
しかし、「戦略本部における上記の経営企画業務は、あくまで乙山会長の考えを具体化する作業というべきであって、原告にある程度の裁量や権限があったことは認められるが、最終的には乙山会長が重要な経営事項を決定していた」としています。
ただしこの点は管理監督者が会社の重要事項について最終決定権を有していることまでが必要とされているわけではないとは思います。
また「原告は、「C」の各店舗の社員の一次評価を行ったり、各店舗のアルバイトを採用する権限を有していたものの、アルバイトの解雇や社員の採用・解雇等の権限はなく、その人事権限は限定的なものであった。」とし、さらに「本件請求期間においては、「C」の新規店舗の急拡大により人員が慢性的に不足し、原告は戦略本部における経営企画業務よりも、シフト表作成、社員・アルバイトの指導・教育、開店作業、キッチン業務、ホール業務、閉店作業等の店舗業務に追われることとなり、戦略本部の意思を実現するために経営側として従業員に指揮命令するというよりは、指揮命令される側である従業員側の労務が中心になっていた」としました。
そのため、「本件請求期間においては、会社の経営全体における原告の影響力は低くなっており、その権限・責任も限定的であった」としました。
原告は経営者と一体ともいえる職務と権限をもっていたようにもみえますが、残業代を請求した期間内では労働者の業務が中心であったという判断です。
●(4-2)労働時間に対する裁量
さらに「原告は、タイムカードによって労働時間を管理されていた。」とし、「原告は、「C」各店舗の従業員のシフト表を作成する権限を有していたが、各店舗の開店・閉店時間についての裁量はなかった。」としました。
さらに、「本件請求期間においては、「C」各店舗の人員が慢性的に不足していたため、原告は各店舗に出勤して店舗業務を行わなければならず、結果的にほとんどの月で月100時間を超える時間外等労働を余儀なくされていた。」としています。
●(4-3)待遇
待遇については、「被告における原告の年収は、平成30年度は上位16番目、令和元年度は上位23番目に位置しており、被告における労働者の最高位である部長に次ぐ待遇を受けていた」としました。
しかし、「原告は本件請求期間において月に100時間を超える時間外等労働を余儀なくされていたところ、これに見合う手当や賞与が支払われていたとは言い難い。すなわち、非管理監督者である店長職の給与(最上位の店長は月額33万円。書証略。)と比較すると、最上位の店長が月100時間の時間外労働を行った場合には、45時間分の固定残業代が有効だとしても、割増賃金が相当程度発生するため、原告の月額42万円の給与を優に超えることになる」としました。
つまり、待遇面では高額であったとしても時間外労働等を考えると割増賃金をもらった方が報酬が高くなるということです。
そのため「原告の月額42万円という給与額及び700万円程度の年収額は、労働時間等の規制を超えて活動することを要請されてもやむを得ないといえるほどに優遇されているとまではいえない。」としています。
●(4-4)裁判所の結論
結論として、「原告は、被告においてある程度重要な職責を有していたものの、本件請求期間においては、実質的に経営者と一体となって経営に参画していたとまではいえず、労働時間に関する裁量を有していたともいえないし、待遇面でも十分なものがあったとはいえない。」とし管理監督者性を否定しました。
●(4-5)コメント
本件では、戦略本部で会長とかなり経営戦略に近い形で業務を行っており、報酬も高かったのですが、請求期間についていえば、人出得不足から労働者としての業務が中心になっており、時間外労働も100時間を超えていたことから割増賃金を支給された場合の方が賃金が高くなるという事情もあったことから管理監督者性は否定されました。
戦略本部で会長とともに重要なプロジェクトにかかわっており、これを実行するうえでも重要な役割を果たしていたことから管理監督者性は肯定してもよさそうな状態でしたが、職務の内容が労働者が担当すべき業務に変化していた事情もあって長時間労働の残業代の請求が認められました。
■何がポイントになるか?
●Point 1: 「取締役」、「次長」等の名称では決まらない
ここまで裁判例をみてきましたが、まず第1に確認すべきこととして、取締役、次長などの権限の名称は参考になるとしても実質的にどのような職務をどこまでの権限で行っていたかが問題になるということです。
●Point 2:管理監督者性は時期によって変化し得る
第2に、管理監督者性は原告が時間外労働等を請求する機関によって変動し得るということです。以前は管理監督者であったとしても、その期間については労働者側の業務が多忙になっていて経営者側から現場の労働者の業務をこなしていたという場合は管理監督者性が一時的に肯定されるということがあるということになります。
●Point 3:残業代を請求しようとする動き自体が労働者性を前提としている
そして第3に、時間外労働等に対する未払賃金が問題になっていること自体、請求者(原告)が経営者としての立場でなく労働者としての立場で働いていたことを物語っているということがいえるかもしれません。
経営者として大きな裁量をもって働いていれば、残業代を請求しようというモティベーションは強くないと考えられるからです。労働者として長時間働いたのに残業代が出ないことに疑問をもつというのはそれ自体視点が経営者側ではなく労働者側にあると考えられます。
いずれにしても疑問を感じながらも会社実務に流されて割増賃金を請求しようとする労働者は少数派なのだろうと思います。
■お気軽にご相談ください
水野健司特許法律事務所
弁護士 水野健司
電話(052)218-6790
■今回紹介した裁判例す。
*1 大阪地裁令和 6年 3月14日判決2024WLJPCA03146020
(取締役特販部長について管理監督者性が否定された事例)
*2 東京地裁令和6年1月30日判決2024WLJPCA01306002
(東京支社の次長について管理監督者性が否定された事例)
*3 東京地裁令和5年3月29日判決2023WLJPCA03298026
(「内部監査プラス施設支援」について管理監督者性が否定された事例
*4 東京地裁令和5年3月3日判決2023WLJPCA03038001
(戦略営業部の責任者について管理監督者性が否定された事例)