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2024年12月10日

[労働]自発的な長時間労働によるメンタル疾患は自己責任か、企業の責任か?(名古屋の弁護士)

■自らの選択で・・・

 自ら積極的に長時間労働したことにより精神疾患を発症した場合自己責任でしょうか、企業の責任でしょうか。

 これが一企業内でのことであれば長時間労働が本人の希望であったとしても時間外労働、休日労働、深夜労働を把握している経営者はその労働者に、心身の健康を回復させるよう働きかけるべきでしょうが、企業内ではなく他の企業にアルバイトした結果長時間労働となっていた場合は企業としても労働時間の把握は困難です。

 ただ他社であっても自社が関連しておりその労働者の就業時間を調査できる立場にある場合にどうかといえば判断は難しいかもしれません。今回紹介する事案ではまさにこれが問題となり、地方裁判所と高等裁判所で判断が分かれました。

 

■自発的な長時間労働による精神疾患は自己責任だとする地裁の判断*1

 ●事案の概要

 労働者である原告は、「セルフ方式による24時間営業の給油所において,主に深夜早朝時間帯での就労をしてい」ました。一方「給油所を運営するa株式会社(以下「a社」という。)は,深夜早朝時間帯における給油所の運営業務をb株式会社に委託していたところ,同社は,その業務を被告Y1社に再委託し」ました。

 そして「原告は,同給油所において,被告Y1社との労働契約に基づき,深夜早朝時間帯での就労をしていたが,その後,a社とも労働契約を締結し,被告Y1社での就労に加えて,a社との労働契約に基づき,週一,二日,深夜早朝以外の時間帯にも就労するようになった」というものです。

 原告は、被告Y1社及びa社を吸収合併した被告Y2社に対し、長時間労働による精神疾患(適応障害)について安全配慮義務違反を主張しました。

 ●自らの選択だったこと

 まず裁判所は当時の原告について、「連続かつ長時間労働をしていたものであり,被告Y1社とa社の下での勤務を合わせると,平成26年1月26日(日曜日)を最後に,同年2月2日(日曜日)以降,休日が全くない」とし、これは「労働者の疲労回復とともに余暇の保障をすべく休日の付与について定めた労働基準法35条の趣旨」に照らすと望ましくない状態が現出しているということができる。

  「殊に,被告Y1社とa社の下での各労働時間数を合計した労働時間数は,欠勤前4か月以降,1か月当たり約270時間になる月が連続し,欠勤前1か月は303時間45分に至っており」これは「長時間労働による労働者の健康障害の防止を図るべく労働時間の上限について定めた労働基準法32条の趣旨に照らし,問題のある状態が現出している」としています。

 その過程では、「原告は,自ら積極的に働き掛けて,より労働時間が長いf店での勤務の機会を得ようとし,現にこれを得て,自己の労働時間数を増加させた」いう事情もありました。

そして「欠勤前5か月(平成26年2月3日から同年3月4日まで)当時,被告Y1社の下での休日が全くない状態にあった。」にもかかわらず、原告は、「平成26年2月21日,a社から強いられたような事情もないのに,自ら希望してa社との間に労働契約を締結し,同月23日以降,毎週日曜日に3時間ずつ勤務して休日のない連続勤務とし(なお,同期間において,被告Y1社との関係では日曜日は休日となっている。),労働時間も増加させた。」としました。

 この点裁判所は「このことは,1週間当たり3時間という労働時間の増加にとどまらず,被告Y1社との労働契約に基づく休日にあえて自ら積極的に希望して就労日を設け連続勤務を開始し,これを継続したものにほかならない。」としています。

 さらに「原告は,欠勤前1か月(平成26年6月3日から同年7月2日まで)になって以降,a社において,従前からの毎週日曜日に加えて,毎週金曜日にも3時間ずつ勤務するようになった」としています。

 これらの事情から「被告Y1社及びa社との労働契約に基づく原告の連続かつ長時間労働の発生は,原告の積極的な選択の結果生じたものである」としました。

 ●安全配慮義務違反があるか?

 本件では「a社は,c店において24時間営業を行うにつき,夜間運営業務をb社に委託し,それが被告Y1社に再委託されているという契約関係の下,原告が同一の店舗(c店)で給油所作業員として就労していたことに照らせば,被告Y1社は,a社に問合せをするなどして,a社との労働契約に基づく原告の労働日数及び労働時間についてある程度を把握できる状況にあった」という事情がありました。

 しかし、「被告Y1社及びa社との労働契約に基づく原告の連続かつ長時間労働の発生は,原告の積極的な選択の結果生じたものであるというべきであり,原告は,連続かつ長時間労働の発生という労働基準法32条及び35条の趣旨を自ら積極的に損なう行動を取っていたものといえる。」として、「被告Y1社と労働契約を締結していたにもかかわらず,a社とも労働契約を締結し,被告Y1社との労働契約上の休日(日曜日)にa社での勤務日を設定して連続勤務状態を生じさせ,Cから勤務の多さについて労働基準法に抵触するほか,自身の体調を考慮して休んでほしい旨注意され,5月中旬までにはa社の下での就労を確実に辞める旨約束した後も,別途金曜日にa社との労働契約に基づく勤務を入れたり,平成26年4月28日にf店における就労について話し合った際もGの意向に反して自ら就労する意向を通していたのである(かかる原告の行動・態度に照らせば,たとえ被告Y1社が更に別の曜日を休日にするなどの勤務シフトを確定させたとしても,原告が独自に交渉するなどして,その休日にa社の下で就労し,あるいは,更に異なる事業所で勤務しようした蓋然性が高いと認められる。)」としました。

 そして企業側としても「いかに上述した契約関係に基づいて24時間営業体制が構築されているとはいえ,原告とa社の労働契約関係に直接介入してその労働日数を減少させることができる地位にあるものでもない(それゆえに,Cは,原告に注意指導してa社との労働契約を終了するよう約束を取り付けている。)。」とし、結論として安全配慮義務を否定しました。

 ●コメント

 この地裁の認定をみる限りでは労働者はかなり頑固な性格で自ら他社で勤務を開始し労働時間を増加させており会社からの忠告にも従わなかったようです。会社としてはある程度の忠告はしており後は本人の自己責任であるといってもよいように読めます。

 これで会社が労働者の精神疾患について安全配慮義務違反を問われるは酷であるという判断もそれなりに説得力のあるものです。

 

■企業の安全配慮義務違反を認めた高裁の判断*2

 ではこの事案についてなぜ控訴審では企業の安全配慮義務を肯定したのでしょうか。

 ●労働時間を把握できた事情

 控訴裁判所は「控訴人についての労働日数及び労働時間数をみれば、法の趣旨に反した連続かつ長時間勤務がなされていたことは明らか」との前提で、「被控訴人Y1社において、その勤務シフトは、同一店舗に勤務する従業員間でシフト表の案を作成し、Cが各店舗を巡回した際にそのシフト表の案を確認し、承認をするという仕組みの下、その内容が確定されていた」こと、「Cが勤務シフト調整のための面談に立ち会うなどしていたこと」、「被控訴人Y1社との労働契約に基づく控訴人の労働日数及び労働時間数を認識し、あるいは認識し得る立場にあった」、「a社は、d店において24時間営業を行うにつき、夜間運営業務をb社に委託し、それが被控訴人Y1社に再委託されているという契約関係の下、控訴人が同一の店舗(d店)で給油所作業員として就労していたことに照らせば、被控訴人Y1社は、a社に問合せをするなどして、a社との労働契約に基づく控訴人の労働日数及び労働時間について把握できる状況にあったのであるから、控訴人のa社における兼業は、従業員が勤務時間外の私的な時間を利用して雇用主と無関係の別企業で就労した場合(雇用主が兼業の状況を把握することは必ずしも容易ではない場合)とは異なる」としています。

 つまり本件のY1社は調査すれば控訴人の労働状況を確認できる立場にあったことを強調しています。

 ●安全配慮義務があるか?

 裁判所は「被控訴人Y1社は、控訴人との間の労働契約上の信義則に基づき、使用者として、労働者が心身の健康を害さないよう配慮する義務を負い、労働時間、休日等について適正な労働条件を確保するなどの措置を取るべき義務(安全配慮義務)を負うと解されるところ、上記のような事実関係によれば、控訴人は被控訴人ら両名との間の労働契約に基づいて、157日という長期間にわたって休日がない状態で、しかも深夜早朝の時間帯に単独での勤務をするという心理的負荷のある勤務を含む長時間勤務」をふくんでいることを「被控訴人Y1社は、自身との労働契約に基づく控訴人の労働時間は把握しており、業務を委託していた被控訴人Y2社との労働契約に基づく就労状況も比較的容易に把握することができたのであるから、控訴人の業務を軽減する措置を取るべき義務を負っていた」としました。

 そして、「被控訴人Y1社は、平成26年3月末頃には控訴人がa社との兼業をしている事実を把握したにもかかわらず、兼業の解消を求めることはあったものの、控訴人のa社における就労状況を具体的に把握することなく、同年7月2日に至るまで上記のような長時間の連続勤務をする状態を解消しなかったのであるから、控訴人に対する安全配慮義務違反があった」としました。

 ●自発的な選択であったのに?

 そして裁判所は、「使用者である被控訴人Y1社には、労働契約上の一般的な指揮命令権があるのであり、控訴人が法の趣旨に反した長時間かつ連続の就労をしていることを認識した場合には、直ちにそのような状態を除去すべく、Cが控訴人の希望する被控訴人Y1社における勤務シフトを承認しない等の措置をとることもできたのであるから、上記のような控訴人による積極的な行動があったことは、安全配慮義務違反の有無の判断を直接左右するとはいえず、過失相殺の有無・程度において考慮されるにとどまる」として安全配慮義務違反を肯定しました。

 企業は指揮命令権があることから仮に労働者が自ら望んで長時間労働をしているとしてもこれを積極的に調査して休日をとるように命令しなければならないとして安全配慮義務違反を認めました。

 ●因果関係及び損害

 そして精神疾患について、「連続かつ長時間勤務を是正しなかったという被控訴人Y1社の安全配慮義務違反により心身の疲労が蓄積していたところに、」「事情聴取という大きな心理的負荷が加わったことを契機として、控訴人が適応障害を発症したと認められる。」としました。

 そして、「治療費 66万4649円」、「慰謝料 300万円」、「休業損害 1871万0670円」などがみとめられました。

 ●自発的な選択であった事情は過失相殺

 さらに裁判所は、「控訴人は、被控訴人Y1社と労働契約を締結していたにもかかわらず、a社とも労働契約を締結し、被控訴人Y1社との労働契約上の休日(日曜日)にa社での勤務日を設定して連続勤務状態を生じさせ、Cから勤務の多さについて労働基準法に抵触するほか、自身の体調を考慮して休んでほしい旨注意され、5月中旬までにはa社の下での就労を確実に辞める旨約束した後も、別途金曜日にa社との労働契約に基づく勤務を入れたり、平成26年4月28日にg店における就労について話し合った際もGの意向に反して自ら就労する意向を通していた(かかる控訴人の行動・態度に照らせば、たとえ被控訴人Y1社が更に別の曜日を休日にするなどの勤務シフトを確定させたとしても、控訴人が独自に交渉するなどして、その休日にa社の下で就労し、または更に異なる事業所で勤務しようした可能性がある。)とし、一方、「被控訴人Y1社としては、いかに上述した契約関係に基づいて24時間営業体制が構築されているとはいえ、控訴人とa社の労働契約関係に直接介入してその労働日数を減少させることができる地位にあるものでもない(それゆえに、Cは、控訴人に注意指導してa社との労働契約を終了するよう約束を取り付けている。)とし、さらに「被控訴人Y1社は基本的に日曜日を休日として設定していること、Cは控訴人に対し、労働法上の問題のあることを指摘し、また、控訴人自身の体調を考慮して休んでほしい旨注意をした上、控訴人に平成26年5月中旬までにはa社の下での就労を確実に辞める旨の約束を取り付けているにもかかわらず、控訴人が自身の判断において積極的に被控訴人らでの兼業を継続していたこと、適応障害発症の契機となった同年6月26日の事情聴取が必ずしも控訴人の利益を違法に侵害するものであったとはいえないことなど、本件に表れた諸事実を踏まえると、被控訴人Y1社が控訴人に対して賠償すべき損害額を算定するに当たっては、控訴人にも相応の過失があったと認められるのであり、4割の過失相殺をするのが相当」であるとして、4割減額されるとしました。

 ●コメント

 第一審(地裁)では自ら積極的に労働時間を長くしたことから注意義務違反自体を否定しましたが、控訴審(高裁)では注意義務違反を認めた上で労働者の積極的な行動を過失相殺4割と判断しました。

 本件では会社が他社での労働状況を確認できるという特別な事情があったことからY1社としても労働者の労働時間について把握しなければならないという義務が発生したといえるものです。

 企業側にとっては少し厳しい判断であるようにもみえますが、労働者自身が仕事をしたくて判断を誤るという事態は考えられるところですので、指揮命令権をもっている企業経営者としては労働者の自主的な判断だけに任せていてはいけないという重要なメッセージを発信しています。

 企業としては労働者の心身の状態に配慮し、仮に労働者が自らの性格から無理をしているような場合は、指揮命令権により強制的に休暇をとるように働きかけるところまで要求されているということです。

 近年長時間労働やパワハラなどストレスで心身に不調をきたす労働者が増えてきており、裁判所としても自己責任では済まされない積極的な関与を企業側の経営者に求めているといえそうです。

 

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水野健司特許法律事務所

弁護士 水野健司

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■今回紹介した裁判例

*1 大阪地裁令和3年10月28日判決 2021WLJPCA10286008

 (自発的な長時間労働による精神疾患は自己責任だとする地裁の判断)

*2 大阪高裁令和4年10月14日判決2022WLJPCA1014600

 (企業の安全配慮義務違反を認めた高裁の判断)

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