[医療]点滴ルートを確保するための留置針の穿刺により前腕の神経損傷について損害賠償が認められた裁判例
■点滴の際に前腕に穿刺
点滴の準備としてなされる留置針による穿刺は点滴中に関節を動かす可能性があることから採血とは異なる箇所に穿刺することがあります。
特に手首に近い橈骨には橈骨神経が通っていることから医療関係者の手技にも影響する可能性があるため、今回は点滴の際に神経損傷が発生した裁判例について検討します。
■点滴の際に前腕橈骨神経を損傷したとして後遺障害等級5級6号を認めた裁判例(第一審)*1
●事案の概要
病院(被告)の看護師が点滴ルートを確保するために留置針を原告の前腕に穿刺した際に誤って橈骨神経を損傷したとして損害賠償を請求しました。
●裁判所の判断
本件では採決の注射ではなく点滴ルートを確保するための留置針による穿刺であることから異なる注意義務違反となるのかが問題とされました。
この点裁判所は、「医療文献の各記載及び証言等を総合するならば,本件穿刺行為当時,手関節部から中枢に向かって12センチメートル以内の部位への穿刺について,神経損傷の可能性があることから避けるべきである,あるいは,避けた方がよいとの考え方が主流であったと認めることができるものの,同部位への穿刺が禁じられ,同部位への穿刺を避けなければならない旨の義務が医療水準として確立していたとまで認めることは困難である。」としました。
つまり、手首に近い橈骨には橈骨神経が通っており、神経損傷の危険性が高いことからこの部分を避けるべきではないかが問題になりましたが、裁判所はこの部位を回避しなければならないまでの義務はないとしました。
裁判所は、「留置針の穿刺時にも,肘部への穿刺等に努める義務がある」との主張に対し、「採血等のいわゆるワンショットの注射の場合は,穿刺後の固定や患者の活動性等を考慮する必要がないのに対し,留置針の穿刺の場合は,穿刺後の固定や患者の活動性等を考慮する必要があり,肘部への穿刺はむしろ避けるべき」とされ、各文献には「留置針の穿刺の場合は,臨床上,肘正中皮静脈を選択することはまずない」、「ワンショットの静脈注射の場合は肘窩の静脈が選択されることが多いが,点滴静脈注射の場合には関節部位を避けるべき」、「腕の動きに制限を与えるため,肘中皮静脈は長時間の輸液時は避けるべき」との記載があるとされることから、「留置針の穿刺の場合である本件においては,肘部での穿刺に努める義務があったとは認められない。」としました。
もっとも「留置針の穿刺の際,神経損傷を避けるため,何度も穿刺したり,深く穿刺したりしないようにする義務があ」るとして、「原告は,本件穿刺行為時にこれまで点滴ルート確保の際に感じたことがないような鋭い痛みを感じ,そこから更に留置針を1ないし2ミリメートル進められ,留置針が穿刺された状態のまま本件穿刺部位を叩かれたこと,ガーゼを当てて瘤を強く圧迫された際も強い痛みを感じたこと,本件穿刺行為以降,左上肢の痛み及び痺れ等を感ずるようになったこと,被告病院の●●●医師は,平成22年12月24日,橈骨神経浅枝の傷害を疑ったこと,b病院の●●●医師は,平成23年1月7日,本件穿刺行為により左橈骨神経浅枝損傷を発症した旨の診断書を作成したこと,さらに,c病院の●●●医師は,同年3月18日,末梢神経障害,抹消神経障害性疼痛等と診断したこと」、そして「本件穿刺行為の態様,原告の主訴,治療経過等及び弁論の全趣旨を総合するならば,本件穿刺行為によって原告の橈骨神経浅枝が傷害された」と判断しました。
看護師の過失については、「看護師は,本件穿刺行為において,深く穿刺しないようにする義務を怠ったといえ,その点において義務違反があった」としました。
このように留置針により神経損傷を引き起こしたと認められれば、橈骨神経ではこれを避けるべき義務を怠ったことについては改めて検討しなくても過失を認めています。
つぎに逸失利益との関係で後遺障害等級が問題になります。
裁判所は、前提として、「後遺障害等級5級6号の「1上肢の用を全廃したもの」とは,3大関節(肩関節,肘関節及び手関節)の全ての完全強直又はこれに近い強直,麻痺があり,かつ,手指の全部の用を廃したものをいうとされ,上腕神経叢の完全麻痺もこれに含まれる」とし、また「手指の全部の用を廃したもの」とは,「手指の末関節の半分以上を失い,又は中手指節関節若しくは近位指節間関節(母指にあっては指節間関節)に著しい運動障害を残すもの」とされ,具体的には,中手指節関節若しくは近位指節間関節(母指にあっては指節間関節)の可動域が健側の可動域角度の2分の1以下に制限されるもの等をいう。」としました。
そして本件の症状について検討を加えた結果裁判所は、「原告は,「1上肢の用を全廃したもの」といえ,後遺障害等級5級6号に該当する。」と判断しました。
●コメント
点滴ルートを確保するための留置針の穿刺ということで手首に近い橈骨に穿刺を行ったものですが、橈骨神経が他部位に比べて難易度が高くなるとのことでした。看護師が静脈よりも深く穿刺してしまったことで橈骨神経が損傷され、重大な後遺障害が残りました。
本件では患者側が立証に成功しましたが、実務では証拠などが残っていることも多くなく困難な状況になることも予想されます。
■点滴の際に前腕橈骨神経を損傷したとして後遺障害等級5級6号を認めた裁判例(控訴審)*2
●事案の概要
本件は看護師が点滴ルートを確保するために留置針を前腕に穿刺した際に誤って橈骨神経を損傷したとして損害賠償を認めた第一審に対し、病院側が控訴により争ったものです。
●裁判所の判断
控訴裁判所は基本的に第一審の判断を踏襲し、神経障害については、「被控訴人は,本件手術後,一貫して左前腕の痛みや痺れを訴えている」、「橈骨神経浅枝が母・示・中指の背側の知覚を司るからといって」、「左前腕ないし左上肢の疼痛が橈骨神経浅枝が損傷を受けた時の症状と異なるものと即断することもできない。」、「手関節部から中枢に向かって12センチメートル以内の部位への穿刺について,神経損傷の可能性があることから避けるべきである,あるいは,避けた方がよいとの考え方が主流であったと認められ,深く穿刺し過ぎることは神経損傷の危険性を高めることになるから」、「橈骨神経浅枝の損傷と関係がないとはいえない。」、さらに、「控訴人病院のD医師は,平成22年12月24日,被控訴人の左腕に握力低下,骨間筋筋力の低下,橈側放散痛の症状が見られたことから,橈骨神経浅枝の損傷を疑い,診断名を「左橈骨神経損傷」とする「リハビリテーション総合実施計画書」が作成され,同月27日,被控訴人に対して説明がされている」、「I医師は,平成23年3月15日,「平成22年12月20日に甲状腺右葉半切術を行っています。手術時の点滴ライン確保の際に左橈骨神経領域の疼痛を生じました。それをきっかけとして上肢・頚部等の疼痛,左手指の運動障害が生じています。整形外科としては慢性複合型局所性疼痛症候群を考えています。」などとする「外来診療依頼箋」を作成した」、「診断したc病院のG医師も,平成23年3月18日,被控訴人について「末梢神経障害,末梢神経障害性疼痛」と診断し,同月25日,「左橈骨神経損傷によるCRPS(2型)」との診断書を作成し」、「平成24年6月29日に「複合性局所疼痛症候群(2型)」と診断しており」、「被控訴人の神経が損傷していると判断している」ことなどを認定しました。
そして、「「CRPS様の症状である。」として「左橈骨神経浅枝損傷」と診断したb病院のH医師の診断書」から医学的に合理的な根拠が認められないとする控訴人の主張は採用できないと判断しました。
またCRPSの発症については、「看護師による留置針の穿刺が本件手術前に点滴ルートを確保する医学的必要性があることからされたものであるからといって,同看護師の過失が直ちに否定されるものではなく,かえって,本件穿刺行為の態様は前記認定事実のとおりであり,同看護師は,本件穿刺行為に当たり,深く穿刺しないようにする注意義務を怠り,これにより橈骨神経浅枝が損傷されたものと認められるのであって,控訴人の上記主張①は,前提において理由がない。そして,原審における証人尋問において,② C医師が本件穿刺行為がトリガーになったことを否定していないことや(C医師の証言をみると,「精神的な問題」を「内的な原因」とするのに対し,本件穿刺行為を「外的な原因」の一つと捉えつつ,圧倒的に内的な原因の方が大きい,他に本件手術の後の免疫機能の低下も一つの要因になり得るのではないかと証言していると理解される。」、さらに「③ D医師が静脈留置針の穿刺時における神経障害によってCRPSは起こることはある,本件において注射以外の原因は思い当たらないと証言していることに,これまで説示したことを併せると,本件穿刺行為によって橈骨神経浅枝が損傷し被控訴人がCRPSを発症したという原判決の判断が誤りであるとはいえない。」としました。
逸失利益については、前提として、「当裁判所も,被控訴人は本件穿刺行為によって橈骨神経浅枝が損傷してCRPSを発症したものであって,その後遺障害の等級は5級6号に該当する」としています。
もっとも、「被控訴人がe社で勤務している間も児童5,6人にピアノの指導をしており,その収入は年額30万円ほどであった旨主張」するが、この「収入につき確定申告をしておらず,月謝は現金で受領しており,月謝袋は処分しており,帳簿をつけていないことから,ピアノ講師の収入についての証拠はないというのであり(甲C3),被控訴人がピアノ指導によって30万円の年収を得ていたことまでは認定できない」として逸失利益を減額しました。
●コメント
控訴審でも基本的には患者側の主張が認められていますが、この事案でも多くの診断書など客観的な証拠が多数あったことが立証の助けになったことがわかります。
逸失利益については確定申告をしていない収入ということで裁判所が認定に躊躇する要因になったのではないかと考えられます。
■点滴の際に前腕の橈骨神経不全が生じたものの後遺障害等級がつかなかった事例*3
●事案の概要
尿管結石を解消するために点滴ルートを確保するために前腕に点滴貼りを穿刺した際に橈骨神経不全を生じたとして損害賠償を求めました。
●裁判所の判断
まず裁判所は、「原告が本件注射後まもなく右腕の痺れや痛み、脱力感等を訴え、右前腕の運動、知覚障害、握力低下といった症状が認められた」とし、「これらの諸症状は橈骨神経不全麻痺の症状と矛盾しない」、「本件注射の際、看護婦が注射針を刺入した部位は、原告の右腕の肘関節上部外側であり、この付近を橈骨神経が走行している」、「原告の障害は注射部位よりも末梢に認められる」ことなどから、「本件注射行為によって原告の右橈骨神経不全麻痺を来したもの(点滴のための注射針自体が橈骨神経を損傷したのかあるいは点滴液が橈骨神経に悪影響を与えたのかのいずれかであると考えられ、両者が競合した可能性も否定できない。)」と推認できるとしました。
そして病院の責任については、「橈骨神経は、肘関節上部外側では静脈の付近を走行しているから、看護婦は、橈骨神経走行部位付近である肘関節上部外側の部位に点滴(静脈注射)をする場合には、付近の橈骨神経走行部位等不適切な部分に注射針を刺入することのないように十分に注意する義務がある」との前提で、「本件において、原告の右橈骨神経不全麻痺が本件注射行為によって生じたものと推認できることは前記のとおりである。そうすると、平成4年4月4日に原告に対する点滴を担当した被告病院の看護婦(被告病院の被用者であり、履行補助者の関係にもある。)は、上記の注意義務を怠って、本来注射針を刺入してはいけない橈骨神経走行部位に点滴のための注射針を刺入した過失がある」と判断しました。
もっとも逸失利益に関連して後遺障害等級については、「原告は現在も公立中学校の教員として勤務を継続しており、本件注射による後遺障害によって原告の収入が現実に減少したことを認めるに足りる証拠はなく、今後も教員として勤務を継続する限りにおいては上記後遺障害によって現実の収入が減少することは予想し難い」とし、「原告が将来教員を定年退職する時期まで上記の症状が継続するとすれば、再就職等に際して原告が不利益を被る可能性は否定できないものの、その時点まで原告の上記症状が継続しているかについては明確な予測がし難い」ことから、「原告の後遺障害による具体的な逸失利益を算定することはできず、上記の後遺障害によって今後原告に生じ得る不利益等は後記の慰謝料算定の一事情として考慮することとする。」とされ、結論として慰謝料300万円と弁護士費用30万円が認められました。
●コメント
本件では点滴針による損傷か又は点滴液による影響か、又はその両方かが特定されていないまま橈骨神経不全として看護師による穿刺に中尉義務違反が認められています。
もっとも後遺障害があるとしながらも公立中学の教員として勤務を継続していることや今後も後遺障害が継続するかが不明であるとして後遺障害等級は認められませんでした。
■まとめ
点滴ルートを確保する場合は、手首に近い位置に留置針を穿刺することがあり、この場合橈骨神経を損傷してしまう危険性が高くなります。看護師が橈骨神経を損傷した場合は過失が認められることになりますが、神経損傷からCRPSなどの後遺障害が発症したか、その程度がどうか、といったことについてはさまざまであるため立証が重要になります。
できる限り客観的に医師の診断を受けて診断書や診療録などで証明できるようにしておく必要があるように思います。
■お気軽にご相談ください
水野健司特許法律事務所
弁護士 水野健司
電話(052)218-6790
■今回解説した裁判例
*1 静岡地裁平成28年 3月24日判決2016WLJPCA03246002
(点滴の際に前腕橈骨神経を損傷したとして後遺障害等級5級6号を認めた裁判例(第一審))
*2 東京高裁平成29年 3月23日判決2017WLJPCA03236020
(点滴の際に前腕橈骨神経を損傷したとして後遺障害等級5級6号を認めた裁判例(控訴審))
*3 名古屋地裁平成14年 3月15日判決裁判所ウェブサイト
(点滴の際に前腕の橈骨神経不全が生じたものの後遺障害等級がつかなかった事例)