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2020年12月11日

うつ病等の精神疾患で休職期間が満了したとして退職(自然退職)とされた場合にその有効性が争われた裁判例

■仕事のストレスが原因?

 以前に比べて仕事中のストレスが原因でうつ病や適応障害といった精神疾患を発症するケースが増えているようです。

 心療内科、メンタルクリニック、精神科などに通院することの心理的なハードルも低くなり、これまで潜在していた精神疾患が診断書という見える形で顕在化しているといえるかもしれません。

 

■精神疾患による休職期間の満了で自然退職となる

 多くの会社で、就業規則で6か月~1年6か月の精神疾患による休職期間が満了すれば自然退職となる旨の規定を置いています。

 仕事が原因の精神疾患であれば本来労働災害ですが、実際に精神疾患で労災の証明ができるのは多くないため、パワハラが原因で休職になりそのまま休職期間が満了すれば解雇という限定された要件をみたすことなく、従業員を退職させることができることになってしまいます。

 企業側にとっては都合のよい制度ですが、従業員にとってみれば会社からのパワハラで精神疾患になって働けなくなった上に解雇事由もないのに退職しなければならなくなってしまうことになります。

 そこで、裁判所がこの自然退職についてどのような判断をして従業員の保護を図ろうとしているのかについて確認したいと思います。

 

■うつ病により休職期間が満了したとしても相当期間内に回復が見込める場合に退職とすることは許されないとされた事例*1

 本件は建築設計技術者として勤務していた原告がうつ病で休職し、リハビリ期間があったものの、休職期間を満了したとして退職措置が取られた事案についてその退職措置の有効性が争われました。

 ●休職事由の消滅をどう判断するか?

 裁判所は、まず休職事由の消滅について「被告の就業規則は,休職中の者が休職期間を満了してもなお復職不能のときは休職期間満了をもって退職するとしており,被告における休職制度は,休職期間中の使用者による解雇を制限し労働者の地位を保全するもの」とし、「休職期間が満了する前に休職原因が消滅したことについては,労務の提供ができなかったにもかかわらず解雇権を留保されていた労働者が主張立証責任を負う」としています。

 そして「休職原因である「復職不能」の事由の消滅については,労働契約において定められた労務提供を本旨履行できる状態に復することと解すべきことに鑑みると,基本的には従前の職務を通常程度に行うことができる状態にある場合をいうものである」としましたが、さらに裁判所は、「それに至らない場合であっても,当該労働者の能力,経験,地位,その精神的不調の回復の程度等に照らして,相当の期間内に作業遂行能力が通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込める場合を含む」としました。

 つまり、期間満了時に回復していなくても相当期間内に回復が見込める場合でもよいとして期間満了による退職に制限を加えました。

 そして精神疾患による休職の場合は、「休職原因がうつ病等の精神的不調にある場合において,一定程度の改善をみた労働者について,いわゆるリハビリ的な勤務を実施した上で休職原因が消滅したか否かを判断するに当たっては,当該労働者の勤怠や職務遂行状況が雇用契約上の債務の本旨に従い従前の職務を通常程度に行うことができるか否かのみならず,上記説示の諸点を勘案し,相当の期間内に作業遂行能力が通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込める場合であるか否かについても検討することを要し,その際には,休職原因となった精神的不調の内容,現状における回復程度ないし回復可能性,職務に与える影響などについて,医学的な見地から検討することが重要になる」としました。

 このように精神疾患による休職事由の消滅は回復可能性も含めて医学的見地から判断することになります。

 ●建築設計技術者としての債務の本旨に従った履行の提供とは?

 まず裁判所は、試し出勤により休職事由が消滅したかについて、「試し出勤は休職期間を延長し,原告が復職可能か否かを見極めるための期間という趣旨で行われたものであり,試し出勤の開始をもって,原告が復職したものと認めることはできない。」としました。

 会社としても通常の勤務ではなく、通常の勤務ができるかを検討する機関であるという位置づけであって従業員もその意味を理解していたとしています。

 つぎに、退職措置の通知がなされるまでに原告の休職原因が消滅したかについて裁判所は、「通常であれば指示された修正箇所に関連する修正箇所も修正するのに,それをするような積極性もなく,能力が落ちていると感じられたことは否定できない。」としつつも、「建築設計技師としての作図能力についてみても,Eは,原告が修正した図面をチェックし,チェック図のとおりに直っていれば,そのまま採用したはずであり人手としては助かったし,本人の努力次第では図面を描く能力も戻るだろうと感じていたものである。さらに,原告は,遅くとも平成25年5月下旬からは設計技術者として,被告において従事していたのと同種の業務に従事し,3年近く同一の派遣先で就労し続けているのであり,このことからすれば,原告が,被告においても,試し出勤を経て復職することが不可能であったとは考えにくい。」などとし、あくまでも「設計技術者としての業務遂行能力の回復見込み」に注目して検討し、これが認められるとしました。

 そして「原告が提出したB医師作成の平成24年5月26日付け診断書には抑うつ状態とされていたものの,通常勤務が可能で残業制限が解除できる状態であるとされていた。」ことから、「被告が本件通知書を原告に交付した平成24年6月11日の段階では,原告のうつ病又は抑うつ状態は,完治していないとしても従前の職務を通常程度行うことができる状態に至っていたか,少なくとも相当の期間内に通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込まれる状況にあった」と判断しました。

 そして裁判所は退職措置を無効とした他、仮に解雇であったとしても権利濫用になり、無効であるとしました。

 ●コメント

 この事案では、会社側が原告を退職措置にもっていこうとして事務処理の問題などを指摘しましたが、原告が建築設計技術者としての過去の経歴や試し勤務期間の内容を詳細に検討して回復が見込まれるとの判断をしました。

 ソフトウエア関連の技術者でもうつ病等の精神疾患を発症してしまうことは少なくなく、この事例で示した裁判所の判断手法は参考になるのではないかと思います。

 

■適応障害を休職事由としていた場合に他の理由により休職期間が満了したとして自然退職とすることは許されないとした事例*2

 この事案では適応障害で休職となった原告についてコミュニケーション能力不足等発達段階の特性を理由として休職期間が満了したとして自然退職になりました。

 ●休職理由の消滅についての判断基準

 裁判所は、まず「被告会社の従業員就業規則に定める私傷病休職及び自然退職の制度は、業務外の傷病によって長期の療養を要するときは休職を命じ、休職中に休職の理由が消滅した者は復職させるが、これが消滅しないまま休職期間が満了した者は自然退職とするというものであるから、私傷病による休職命令は、解雇の猶予が目的であり、復職の要件とされている「休職の理由が消滅した」とは、原告と被告会社との労働契約における債務の本旨に従った履行の提供がある場合をいい、原則として、従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合をいう」として従前の基準を上げました。

 ●どのレベルまでの回復か?

 そして回復のレベルについて、「職務を通常の程度に行える労働能力を欠くことは、いわゆる普通解雇の解雇理由ともなり得るところ、従業員が私傷病により休職したときに、その復職の要件である「従前の職務を通常の程度に行える健康状態」を、当該従業員が私傷病により労働能力を欠くことになる前のレベル(以下「私傷病発症前の職務遂行のレベル」という。)以上の労働が提供できることになったことを意味するとし、私傷病発症前の職務遂行のレベル以上のものに至っていないことを理由に休職期間の満了により自然退職とすることは、いわゆる解雇権濫用法理の適用を受けることなく、休職期間満了による雇用契約の終了という法的効果を生じさせることになり、労働者の保護に欠ける」として、「ある傷病について発令された私傷病休職命令に係る休職期間が満了する時点で、当該傷病の症状は、私傷病発症前の職務遂行のレベルの労働を提供することに支障がない程度にまで軽快したものの、当該傷病とは別の事情により、他の通常の従業員を想定して設定した「従前の職務を通常の程度に行える健康状態」に至っていないようなときに、労働契約の債務の本旨に従った履行の提供ができないとして、上記休職期間の満了により自然退職とすることはできない」としました。

 つまり、発令時の精神疾患とは異なる他の従業員とのコミュニケーション能力を前提とするような個人の特性を理由として期間が満了したとして自然退職とすることはできないということです。

 ●発令時とは異なる休職事由で自然退職とすることはできない

 裁判所が認定した事実によると、「原告の休職は、あくまで適応障害により発症した各症状(泣いて応答ができない、業務指示をきちんと理解できない、会話が成り立たない)を療養するためのものであり、原告が入社当初から有していた特性」としての、「職場内で馴染まず一人で行動することが多いことや上司の指示に従わず無届残業を繰り返す等の行動については、休職理由の直接の対象ではない」としました。

 そして「原告の復職が認められるための要件(休職の理由の消滅)としては、適応障害の症状のために生じていた従前の職務を通常の程度に行うことのできないような健康状態の悪化が解消したことで足りる」ことを前提として、「被告会社における原告の業務を知りうる立場にある産業医が、原告の復職を可能と判断したのが同年7月28日となっていることからすると、原告の休職理由となった、適応障害の症状のために生じていた従前の職務を通常の程度に行うことのできないような健康状態の悪化が解消したといえる時期は、同年7月28日である」としました。

 そのため「被告会社は、この産業医の診断が出た翌月の同年8月1日以降、従業員就業規則79条の規定に基づき、原告を超過勤務に従事させず段階的に復職させるべきであった」としました。

 一方会社は、「原告が自己の障害ないし特性についての認識を欠いており、コミュニケーション能力、社会性の会得に真摯に取り組んでいないことなどを主張する。しかし、これには、原告の休職理由である適応障害から生じる症状とは区別されるべき本来的な人格構造又は発達段階での特性が含まれており、休職理由に含まれない事由を理由として、いわゆる解雇権濫用法理の適用を受けることなく、休職期間満了による雇用契約の終了という法的効果を生じさせるに等しく、許されない」と判断しました。

 ●コメント

 本件は休職を発令した理由が適応障害による症状であったにもかかわらず、会社はコミュニケーション能力不足等の発達段階の特性を理由に休職期間が満了したとしており、休職事由がずれています。裁判所は実質的に解雇濫用の法理を潜脱するとして自然退職を無効としました。

 労働者を自然退職としたい会社側の意向が休職事由の後付けともいえる事態となっていたことを裁判所が冷静に見極めて労働者の保護を図ったものと考えられます。

 企業側としても意図的になされたものかどうかは不明ですが、自然退職という重大な結果をもたらすことから慎重な運用が求められます。

 

■過重労働を原因とする精神疾患により休職期間が満了したとしても退職とすることは許されないとされた事例*3

 本件では過重労働による疾病として抑うつ状態となり休職に至った原告が休職期間満了により退職扱いとされたことを争ったものです。

 ●精神疾患が過重労働によるものか?

 まず裁判所は「労働基準法19条1項の業務上の疾病とは、同法75条以下に定める使用者の災害補償責任を前提とする労働者災害補償保険法7条1項1号の業務上の疾病と同義であると解され、業務上の疾病に該当するためには、当該疾病の発病ないし悪化が業務に内在する危険が現実化したものと認められること、すなわち業務起因性が認められる必要がある。」とし、「厚生労働省は、労災認定基準を策定しているところ、労災認定基準は、その対象となる精神障害を発病し、その発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められる場合に労災と認定するものとし、長時間労働による心理的負荷の程度については、発病直前の1か月におおむね160時間以上の時間外労働を行った場合又は発病直前の3週間におおむね120時間以上の時間外労働を行った場合に、特別な出来事としての極度の長時間労働があったと評価するほか、「15③仕事の量・質」、「仕事内容・仕事の量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」、「仕事量が著しく増加して時間外労働も大幅に増える(倍以上に増加し、1か月当たりおおむね100時間以上となる)などの状況になり、その後の業務に多大な労力を費やした(休憩・休日を確保するのが困難なほどの状態となった等を含む)」場合にも、心理的負荷の強度が「強」と判断する」としました。

 そして「労災認定基準は、行政処分の迅速かつ画一的な処理を目的として定められたものであり、もとより裁判所を法的に拘束するものでないものの、精神医学、心理学及び法律学等の専門家により作成された報告書に基づき、医学的専門的知見を踏まえて策定されたものであって、その作成経緯及び内容等に照らしても合理性を有する」として判断の参考になるとしています。

 本件の原告は、「遅くとも平成29年10月中旬頃までに、抑うつ状態ないし気分(感情)障害を発症した」とし、そしてその「抑うつ状態ないし気分(感情)障害の発症については、労災認定基準のうち「仕事量が著しく増加して時間外労働も大幅に増える(倍以上に増加し、1か月当たりおおむね100時間以上となる)などの状況になり、その後の業務に多大な労力を費やした(休憩・休日を確保するのが困難なほどの状態となった等を含む)」場合に該当する事情があったものであるから、被告会社における長時間労働によって発症した」としました。

 確かに100時間以上の時間外労働は多いものですが、実務では100時間程度の残業時間はないわけでもなく、どの程度の急激な増加があったのかによると考えられます

 本件では、30時間程度の時間外労働が2倍以上に増加したということで急激な仕事量の増加により精神疾患を発症したと判断しました。実際に精神疾患まで発症するかどうかはその労働者の性格や働き方によるようにも思いますが、労働時間というのは客観的に数字で判断ができるため、30時間程度の残業だったものが100時間を超えるようになったということで急激な仕事量の増加を判断しやすかったといえます。

 ●退職手続が無効となるか?

 本件では休職事由となった精神疾患が会社による過重労働を原因とするものであったことからこの休職事由が係属している限り機関が満了しても退職手続とすることができないことになります。

 この点裁判所は、「原告は、平成29年10月中旬頃に精神疾患を発症した後、一時的に復職可能な程度に回復しつつも、維持・悪化を繰り返していたのであって、なお業務上の疾病について治癒に至ったものとはいえず、本件退職手続は、無効というべきである。」と判断しました。

 これは、労働災害による精神疾患については一旦よくなってもまた悪くなるという症状が続いている限り休職期間が満了したとしても、退職とすることはできないとして労働者の立場を保護したものです。

 ●コメント

 この事例では、精神疾患自体は治癒していなかったことから通常であれば休職事由が消滅していないことになり退職手続をとることができるのが原則ですが、その精神疾患が会社側の過失によるものであったことから退職手続は無効となりました。

 本件ではパワハラによる精神疾患も主張されていますがこれは否定されているため、長時間労働がなければパワハラだけで自然退職を無効とすることはできなかったことになります。

 

■意外と? ハードルが高い自然退職

 ここで検討した3つの裁判例はいずれも一見すると精神疾患が休職期間満了まで続いているようにも考えられ、自然退職とすることが許されてもよいように見える事案です。実際に会社はこれらで労働者を自然退職としていました。

 しかし裁判例*2にもあるように会社にとっては解雇濫用の法理を回避しつつ労働者を退職させることができるという便利な制度であり、会社が乱用しがちな権利だということもできます。

 そうした意味で裁判所も実質的な解雇として使われていることがうかがわれるときは自然退職を無効として労働者の立場を保護しようとしているように思えます。

 メンタル面で休職しやすい雰囲気になったのはよいことかもしれませんが企業に便利だからといって解雇濫用法理を潜脱するような運用は現に慎まなければならないでしょう。仮に労働者の精神疾患について業務起因性が否定されるとしても会社が何らかの営業を与えていること自体はほぼ確実であり労働者が職場に復帰できるようできる限りのサポートをすべきであるのは言うまでもないでしょう。

 

■今回紹介した裁判例

*1 東京地裁平成28年9月28日判決2016WLJPCA09288003

 (うつ病により休職期間が満了したとしても相当期間内に回復が見込める場合に退職とすることは許されないとされた事例)

*2 横浜地裁令和3年12月23日判決 2021WLJPCA12236009

 (適応障害を休職事由としていた場合に他の理由により休職期間が満了したとして自然退職とすることは許されないとされた事例)

*3 東京地裁令和4年12月2日判決 2022WLJPCA12028007

 (過重労働を原因とする精神疾患により休職期間が満了したとしても退職とすることは許されないとされた事例)

 

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