[医療]誤嚥性肺炎と誤嚥による窒息による死亡について病院の過失を認めた事例
■事案の概要
誤嚥性肺炎で入院した患者に対し午後9時15分頃SpO2が低下し、痰吸引により食物残渣物が引けていたにもかかわらず絶飲食とせず、午前0時頃にはSpO2低下と呼吸状態の悪化に対し気管挿管や人工呼吸管理を開始せず、その後、午後2時10分頃死亡した患者について病院に過失があると認めました。
■裁判所の判断
裁判所は、午後9時15分以降について、この時点で誤嚥性肺炎の確実症例やほぼ確実症例にあたらないとしつつも、「気道から誤嚥した食物等が吸引された可能性があり,嚥下障害が生じている可能性が十分疑われる状況にあったことから,誤嚥性肺炎を疑うべき程度は11日午後4時頃の時点よりも相当程度高くなっていた」とし、「看護師は,痰吸引に際して食物残渣様のものが引けたことを踏まえ,誤嚥の可能性を考えたのであるから,この時点で担当医であるC医師にBの状態を報告し,指示を仰ぎ,C医師は,上記の吸引時の状況や,Bの喘鳴,息切れが著明であること,SpO2の値が70%台であること等から,市中肺炎に不顕性誤嚥に伴う誤嚥性肺炎の合併の可能性を踏まえ,再誤嚥防止のために絶飲食を指示すべき義務があった」と判断しました。
ただし、この時点での気管内挿管や人工呼吸器装着については否定しました。
そして、翌日午前0時では、「痰の吸引に際し茶色の食物残渣様のものが引けており,気道から誤嚥した食物等が吸引された可能性が存在し,嚥下障害が生じている可能性が十分疑われる状況にあった。」。そして「冷感や喘鳴,息切れが著明になる等呼吸困難な状態になっており,SpO2の値も自力で維持することができていない状態になっていた。Bの上記のような状態を踏まえると,副作用として嚥下困難や誤嚥性肺炎があり(認定事実(2)カ),嚥下障害を進行させ,より呼吸状態を悪化させるおそれのある」セレネースを投与したのは不適切であったというべきである(N鑑定書7頁では,セレネースは鎮静目的としてよく使用される薬剤であるが,患者の落ち着きのなさがせん妄症状の一つとしても,肺がんの中枢神経系への転移であり,呼吸管理を適応外とするのは少し飛躍のしすぎである,せん妄は癌患者ではしばしば遭遇する病態であるが,がん以外でも脱水,呼吸不全,感染症や電解質異常などが背景で起こりうるとして,セレネースの投与は適切ではない旨の指摘がされている。また,誤嚥性肺炎の症状として,せん妄などの非典型的症状を呈することがあるという医学的知見があるのは認定事実(2)イ(ウ)のとおりである。)。」とした。
さらに、「9時15分の時点において,誤嚥性肺炎を疑うべき程度は高まっていたこと,認定事実(1)カのとおり,12日午前0時の時点において,Bが呼吸苦等により落ち着いた様子を見せず,SpO2の値も依然として回復せず,冷感著明になる等の状況であったことが認められ,鑑定の結果(N鑑定書7頁)によれば,11日午後9時35分の時点からさらに呼吸状態が悪化したと判断し,気管内挿管,人工呼吸器の装着を検討すべきであるとされていることに照らせば,遅くとも12日午前0時の時点においては,B及び同人の親族に説明をした上で,気管内挿管,人工呼吸器の装着をすべきであったというべきである。また,前記のとおり,痰吸引の際に食物残渣様のものが引ける等,少量の嘔吐の形跡があること,鑑定の結果(N鑑定書7頁)によれば,気管内挿管,人工呼吸器の装着の検討の際に,胃管も挿入し,全身管理とすべきである,制吐剤も同様であるとされていることに照らせば,12日午前0時の時点において,被告病院は,胃管も挿入し,制吐剤を投与した上で全身管理をすべきであったというべきである。」と判断しました。
■考察
誤嚥性肺炎は高齢者の死亡原因となることが多い疾患ですが、炎症の増悪と誤嚥による呼吸困難が機序となります。本件は死因として肺炎と窒息の両方があると認定した上で主に誤嚥による呼吸困難に対して絶飲食としなかったこと、鎮静剤を投与したこと、期間内挿管や人工呼吸管理を開始しなかった点に医師の注意義務違反を認めました。
誤嚥による窒息に対する義務違反については過失を認めた裁判例も多いところですが、誤嚥性肺炎が炎症増悪でないことについてはCRP値や死亡時の肺の状態などから認定していくことになると考えられます。
いずれにしても死亡時の状態についてできる限りの身体情報が入手できるかが立証の鍵になると考えられます。
以上