記事

2023年11月22日

「取締役の解任と正当な理由 ~近時の裁判例から考える。」

<目次>

■1.はじめに

■2.「正当な理由」(会社法339条2項)の意義について

■3.取締役としての適正性を著しく欠く行為を行ったとして解任の正当な理由を認めた事例(東京高裁平成30年10月4日判決ウエストロー2018WLJPCA10046008、東京地裁平成30年3月29日判決・判例タイムズ1475号 214頁)

■4.信頼関係の崩壊・悪化につながる不誠実な職務遂行があったとして正当な理由を認めた事例(東京地裁平成30年11月29日判決ウエストロー2018WLJPCA11298010)

■5. 名目的取締役が限定された職務のみを行っていたことが解任の正当な理由にならないとした事例(東京地裁令和4年8月9日判決ウエストロー2022WLJPCA08098009)

■6. 営業損益の低下が取締役の能力に起因するとはいえないとして正解任の正当な理由がないと判断された事例(東京地裁令和 4年 3月14日判決ウエストロー2022WLJPCA03148001)

■7. 会社の支配権を混乱させたとする解任の正当な理由が認められなかった事例(東京地裁令和4年1月14日判決ウエストロー2022WLJPCA01148004)

■8. 懇親会の参加者から代金を過大に徴収したとしても関与の程度が不明で取締役を解任する正当な理由とはならないとした事例(東京地裁令和3年1月15日判決2021WLJPCA01158009)

■9. 株主かつ代表者の了解なく報酬増額や金銭借入れをしたとする事情はなく解任の正当な理由が認められなかった事例(東京地裁令和2年3月4日判決 2020WLJPCA03048008)

■10. 定款変更により任期が1年とされ再任されなかった取締役につき会社法339条2項類推適用の余地があるとしつつ再任されないことに正当な理由があるとした事例(名古屋地裁令和元年10月31日判決ウエストロー  2019WLJPCA10316001)

■11.まとめ

<内容>

■1.はじめに

 取締役が人間関係の悪化などで解任される場合、正当な理由が必要となります。正当な理由がないにもかかわらず、株主総会で解任されるとその取締役は会社に対して損害賠償の請求ができることになります。

 ではこの正当な理由はどのように判断するのでしょうか。裁判では正当な理由があるかないかについて争いとなることがあります。

 

■2.「正当な理由」(会社法339条2項)の意義について

 「正当な理由」については、例えば東京地裁令和4年11月4日判決ウエストロー2018WLJPCA10046008では以下のとおり説明しています。

 「会社法339条2項は,株主総会決議による役員解任に正当な理由がある場合を除き,当該解任がなければ当該役員が残存任期中及び任期終了時に得ていたであろう利益の喪失による損害について,任意の解任権の行使は適法行為であるにもかかわらず,損害賠償請求を認めるものであり,会社に特別の賠償責任(法定責任)を負わせることで,役員解任の自由が保障された会社・株主の利益と,当該役員の任期に対する期待の保護との調和を図ったものと解される。」として、「同項の「正当な理由」の内容も,会社・株主の利益と当該役員の利益の調和の観点から決せられるべきものであり,具体的には,会社において,当該役員に役員としての職務執行を委ねることができないと判断することもやむを得ない客観的,合理的な事情があることをいう」としています。

 一般的には、法令・定款違反行為があること、職務の遂行に支障がある程度の心身の故障があることがあげられますが、取締役としての適格性を欠く行為があったか否かについては取締役の経営判断として裁量権が認められていることから何が解任の正当な理由になるのかについてはその範囲が問題になります。

 以下では近時の裁判例について事案を確認しながら「正当な理由」」の範囲について検討します。

 

■3.取締役としての適正性を著しく欠く行為を行ったとして解任の正当な理由を認めた事例(東京高裁平成30年10月4日判決ウエストロー2018WLJPCA10046008、東京地裁平成30年3月29日判決・判例タイムズ1475号 214頁)

 (3-1)事案の概要 

 事業として小売店舗における商品陳列棚の写真を撮影し、その画像をマーケティングに有用な情報にデータ化した上で販売するというものを行っていた会社で代表取締役であった控訴人(一審原告)が解任されたという事案でした。

 会社は解任の正当な理由として①本件事業では、隠し撮りカメラを使用して小売店舗の無断撮影をすることになっており、このように違法かつ小売業者との信頼関係を破壊する本件事業を実行したこと、②原告の意を受けた会社の従業員Aをして、本件事業の実施を承認した平成23年12月21日の取締役会(本件取締役会)において、本件事業がデータ販売企業から提供されたデータの解析のみを行うものであり、会社が自ら店舗調査を行うことはなく、無断撮影による違法性の問題や小売業者との間の信頼関係破壊の問題は生じないとの虚偽の説明をさせたこと、③Aをして、平成25年8月21日の本件事業に対する追加投資承認の稟議(本件追加投資承認)において、売上げ見込み、投資回収見込み、資金使途及び画像取得方法に関して虚偽の説明をさせたこと、④本件事業の売上確保のため、自らが代表取締役を務める別の商事会社の取締役に対して圧力をかけるなどして、販売データの購入要求をしたこと、⑥他社のGに○○グループ役職員等の電子メールを転送させて情報を不正に取得したことを挙げました。

 (3-2)第一審裁判所の判断

 第一新裁判所では、正当な理由①については、本件事業が、小売業者の承諾を得ないで店舗内撮影を行うことで違法と判断されるリスクがあり、かつ、小売業者との信頼関係を破壊し、被告会社グループ全体の経営に重大な悪影響を及ぼすおそれのあるものであり、原告はこれを企図し、実行したといえ、かかる行為は、経営者としての適格性に疑問を抱かせるものと評価し得るとしました。

 ②及び③については原告の指示ないし承認の下に、従業員Aが虚偽の説明をしたと認定した。

 また④についても原告が別の商事会社に購入圧力をかけたとして取締役としての適格性が疑われるとしました。

 そしてこれらの理由を総合すれば解任の正当な理由があると判断しました。

 また解任の正当な理由は解任時に存在していればよく、会社がその時点で知っている必要はないとしました。

 (3-3)控訴審裁判所の判断

 控訴審でも結論としては解任に正当な理由があるとしましたが、正当な理由①については異なる判断をしています。

 「小売業者によっては,商品の価格設定や商品の陳列に一定のノウハウ等を有していることがあるほか,特にそれらがないとしても,第三者が店舗内を無断で撮影し,商業利用することに対しては,拒否的な反応を示すことは当然考えられるところである。したがって,a社が店舗内の無断撮影に関与しているとなれば,a社のみならず,a社が帰属する○○グループ全体と小売業者との信頼関係に影響を与える可能性があるといえ,本件事業は,事業の遂行に伴う信用毀損のリスクを内包するものである。

  もっとも,本件取締役会における説明のように,本件事業の中でa社が果たす役割を完全データ化処理に限定し,あるいは,本件追加投資承認の稟議の過程における説明のように,データを協力店舗から取得するなど,本件事業全体の仕組みを構築する中で,a社の役割を無断撮影と切り離すことができれば,本件事業を実施したとしても,a社ないし○○グループと小売業者との信頼関係に影響を及ぼす危険性を低減させることが可能であると考えられる。したがって,本件事業が内包する信用毀損リスクについては,これを考慮した仕組みを構築することが求められる。」としました。

 そして「以上のとおり,本件事業は,店舗の無断撮影を行うことを前提とした場合,刑事上ないし民事上,違法と判断される危険性や,○○グループと小売業者との信頼関係に影響を及ぼす危険性を内包するものといえるが,その事業の仕組みとこれに係わる企業の役割分担等を工夫することによって,上記の危険性を低減させることは可能であると考えられる。」と判断しました。

 さらに「一方,本件事業による成果物(完全データ)ついては,後に他社が類似する技術・システムを開発するなどしていることからも明らかなとおり,消費財の販売業者や調査会社において一定のニーズが存在するとともに,本件事業の構想の段階では,他に同様の事業を実施している業者は存在しなかったことからすると,新しい事業としての価値は相応にあったものと考えられる。

  そうすると,新規事業を他社に先駆けて実施することによってもたらされる利益を考慮しつつ,上記の信用毀損リスクを含めた新規事業に伴うリスクを低減させる方策等の可能性を検討し,最終的に本件事業を進めるか否かといった判断は,正に経営判断の問題であるといえる。なお,後述するように,本件事業自体は,上記信用毀損リスクを低減させる方策について十分な対応がされないまま,ごく一部が先行実施されただけで,本格的に稼働する前に終了しており,結果としては失敗に終わっているものの,このような経営判断に係わる失敗については,取締役の解任の正当理由とはならないというべきである。また,既に述べたところによれば,本件事業を推進することそのものが,経営能力の著しい欠如を示すものともいえない。したがって,本件事業を推進したことが,控訴人の解任の正当理由の根拠となるとはいえない。」として①は解任の正当な理由とはならないとの判断を下しました。

 もっとも「本件事業は,a社のみならず,○○グループとしてもこれまでに行ったことがない新規の事業であって,本件事業の成功の見通しや,本件事業の実施に伴う他の事業への影響,特に小売店との関係の維持など,事業を推進するに当たって生じる様々なリスクについて検討を要するものであることが本件追加投資承認の稟議までの間に重要な課題となっていたことからすれば,本件事業に係る売上げ見込み,投資回収見込み,資金使途及び画像取得方法に関する虚偽の説明は,稟議の決裁者に対し判断を誤らせる危険の高い行為といえ,そのようなFの行為を指示ないし承認した控訴人の行為自体も同様に判断を誤らせる危険の高い行為といえる。このような控訴人の行為は,経営者としての適格性を否定する事情といえ,解任の正当な理由の根拠となる事情に該当する。」として虚偽の説明をすることの危険性が取締役としての適格性を否定する行為にあたるとしました。

 また「控訴人が,Y2社に対し,本件事業に係る販売データを購入するよう影響力を行使した際には,控訴人による指示に基づくFによる虚偽の説明を伴っていたものといえる。本件事業に係る販売データそのものが有用であったとしても,これを利用することによって小売店との信頼関係が毀損される危険があるのであれば,販売データの有用性を超えるデメリットが生じる危険もあるのであって,この点について実態に即した説明を受けられないまま販売データを購入するとの決定に至ったことからすれば,適正な判断をゆがめるおそれがあったものといえ,このような控訴人の行為は,取締役としての適格性に疑義を生じさせるものであって,解任の正当な理由の根拠となる」としました。

 そして結論として「以上のとおり,被控訴人らの主張する正当な理由②,③,④及び⑥については,本件解任の正当な理由の根拠となる事情に該当する。このうち,正当な理由②については,取締役会において虚偽の説明をすることを承認又は指示をしたものであり,職務上の不正を示すだけでなく,○○グループの業務執行の決定を誤らせることにつながりかねない行為ということができる。正当な理由③及び④については,本件追加投資承認の稟議や,Y2社における本件事業に係る販売データの購入といった判断に当たって,本件事業のリスクとして当初から懸念されていた無断撮影による小売店舗との関係の悪化という,○○グループ全体に係わるリスクに関して,十分なリスクヘッジを行わずに虚偽の説明を行ったものであって,その判断を誤らせる危険の極めて高いものであったといえる。また,正当な理由⑥のとおり,控訴人は,e社のGに○○グループ役職員等の電子メールを転送させ,情報を不正に取得していることからすると,コンプライアンス意識も欠如していると評価し得る。

  これらの事情を踏まえると,控訴人は,取締役としての適正性を著しく欠く行為を行ったものであって,取締役を解任されてもやむを得ないといえ,本件解任には正当な理由があるというべきである。」との判断を下しました。

 (3-4)コメント

 本件では第一審、控訴審とも取締役としての適格性を欠く行為があったとして解任の正当な理由があると判断しましたが、第一審では本件事業を実施すること自体に問題があったとしているのに対しい、控訴審では本件事業は新規のものである以上それなりのリスクを内包していることを認識しつつそのリスク回避に向けた施策を取らず虚偽の説明を行うなどしてリスクを高めた行為を問題視してその行為について取締役としての適格性を欠くものであったとしています。

 控訴審としても新規事業にリスクの伴うことは当然でありリスクの高い事業であっても経営判断として実施するのであれば解任の正当な理由とはならないというメッセージを読み取ることができます。

 

■4.信頼関係の崩壊・悪化につながる不誠実な職務遂行があったとして正当な理由を認めた事例(東京地裁平成30年11月29日判決ウエストロー2018WLJPCA11298010)

 (4-1)事案の概要

 ライセンス・保守サポートサービス等を主たる事業とする株式会社で売上げ倍増を約束して取締役に就任したが下方修正を繰り返した上、報酬の減額は拒否し、さらに他社の取締役に就任したにも関わらず競業関係にないことを十分に説明せず、取締役会の承認も得ず、守秘契約に応じなかったという事案について、「これらの事情によれば,原告は,このような信頼関係の崩壊・悪化につながる不誠実な職務遂行を行った者として,取締役としての職務遂行能力や適性に著しく欠けるところがあった」として正当な理由があると判断しました。

 (4-2)裁判所の判断

 ①原告は,もともと年間25億円程度であった被告の売上げを2年間で25億円増加させて倍にする事業計画があるなどと説明し,B社長も被告の売上げの増大を切望していたため,原告を被告の取締役として迎え入れることを検討することとしたこと,②原告は,平成28年5月2日,被告に対し,平成28年度以降3年度で約20億円の売上げを計上するなどと説明し,事業計画上の売上げが下方修正され,同月5日提示された修正案では,売上目標額がさらに下方修正されたこと,③その後,被告が原告に交付した本件コミットメントにおいては,原告が約束する売上高の金額が,平成28年度9950万円以上,平成29年度8億3025万円以上,平成30年度20億2020万円以上と記載されていたが,原告が平成28年5月6日被告に提示した事業計画では,売上額が本件コミットメントにおける金額よりも少なく記載されていたこと,④原告は,C取締役らから同事業計画の再検討を求められ,翌7日,3年目の売上高を20億円と増額する事業計画を作成して提出したこと,⑤このように,事業計画上の売上高は変更を繰り返しながら次第に減少していったにもかかわらず,原告は,当初から,前年度の年収である4000万円を確保したいという希望を掲げてこれを取り下げず,同年7月11日頃,B社長らから,原告の固定報酬を年間1000万円とし,その余は最大1億円までの業績連動給とすることとし,兼業は禁止するといった新たな提案を受けた際も,即座にこれを拒否したこと,⑥この間,被告は,同月初め頃原告から,前年度の報酬額が4000万円を大きく下回ることを示す資料が提出されるに及んで,原告に騙されたとの思いを強く抱き,それ以上の交渉を打ち切って,原告に対し,パソコンや入館証の返還を要求したこと」から、「被告は,原告を取締役に選任することにより売上げの飛躍的増大を期待するとともにこれに応じた報酬の支払を企図していたが,原告が,目標の売上高を繰り返し一方的に下方修正したにもかかわらず,報酬金額の支払にだけは固執したこと(しかも,原告が報酬金額として支払を希望した4000万円は,水増ししたものであった。)による信頼関係の崩壊があるというべきであり,原告は,このような信頼関係の崩壊につながる不誠実な職務遂行を行った者として,その取締役としての職務遂行能力や適性に問題があった」としました。

 さらに、「原告は,①平成28年4月にa社の代表取締役に就任したが,そのことが被告の知るところとなって被告から説明を求められたにもかかわらず,a社の事業が被告との関係で競業に当たらないことなどについて,被告に対し十分な説明を行っていないこと」、「②同年8月31日,経営全般に関するコンサルティング業務等を目的とするb社を設立して代表取締役に就任するに当たり,被告の取締役会の承認を受けていないこと,③被告から秘密保持契約の締結を求められたにもかかわらず,職務発明・考案の権利帰属に関する条項や損害賠償に係る条項に修正を加えるよう提案してこれに応じなかったばかりか,同年9月14日開催された被告の取締役会において,守秘誓約書が従業員向けのものであることを理由として署名・押印を拒否したこと,④同年8月29日頃,被告の管理担当者から,取締役就任登記を経由するために必要な就任承諾書等を提出するよう求められたにもかかわらず,同承諾書の文言の修正(削除)を行うことに固執してその提出が遅れたため,取締役就任登記の経由を遅延させたこと」を認定しました。

 そして、「これらの事情によれば,原告は,このような信頼関係の崩壊・悪化につながる不誠実な職務遂行を行った者として,取締役としての職務遂行能力や適性に著しく欠けるところがあったというべきであり,本件解任には正当な理由(会社法339条2項)があるというべきである。」としました。

 (4-3)コメント

 売り上げ倍増を約束しながら下方修正を繰り返し、4000万円の報酬は維持しつつ他社の取締役に就任したことから会社との信頼関係は破壊されたとして解任の正当な理由があるとしました。

 善管注意義務や違法行為を認定したわけではありませんが会社との委任関係が信頼関係を前提としていることから考えれば関係悪化の原因がもっぱら取締役にあるような場合であれば解任の正当な理由となるのは当然のことでしょう。

 もっともこのような取締役を選任した株主(会社側)にも選任について責任が問われるということかありうるのかも知れません。

 

■5. 名目的取締役が限定された職務のみを行っていたことが解任の正当な理由にならないとした事例(東京地裁令和4年8月9日判決ウエストロー2022WLJPCA08098009)

 (5-1)事案の概要

 本件は医薬品、医薬部外品、医療用具の販売等を目的とする株式会社の取締役であった原告が正当な理由なく解任されたことを理由に損害賠償を求めたものであり、被告は解任の正当な理由として、①原告は、平成30年9月25日、BがCに対して暴力を振るっておらず、また客観的に暴力を振るうような状況でないにもかかわらず、Cからの依頼に安易に応じ、警察に通報をした。通報直後、原告は、警察官に対し、大声で叫び、何らかの危機的状況が生じているという誤認を警察官に与える行動をとった上で、電話機をCに渡した。Cは、暴力を振るわれそうな状況だと述べて警察官を呼んだため、Bは事情聴取のため警察署に同行を求められたこと、②原告は被告の業務執行を全くしておらず、この点も正当な理由と評価されるべきことを挙げました。

 (5-2)裁判所の判断

 まず、①原告の警察に対する通報行為については、「原告の通報行為は、原告及びCとBとの間における口論を契機とするものである」とし、「このような事実経過に照らせば、マンションの一室において、夜間、成人三人の間で口論が生じている中(本件では口論の原因について三人のうち誰かに帰責できるものではない)、そのような状況を解消するために警察に対し連絡(通報行為)をすることは(またBが警察署において事情聴取を受けたこと等の前後の経緯を含めても)、原告及びCにおいて非があるものではなく、不当であるとは評価するに足りる事情ではない。」として、「原告の通報行為は、正当な理由(会社法339条2項)と評価するに足りる事情であるとはいえない。」と判断しました。

 また②原告の業務執行については、「被告の一人株主であるBが原告を被告の取締役に選任した目的は、名目的な取締役とするためであったこと」を前提として、「Bは、被告において、Bが経営する病院の事務やBが所有又は管理する不動産等の資産管理をすることを考えていたところ」「原告は、Bの指示に従い、Bが経営する病院の事務やBが所有又は管理する不動産等の資産に関する管理の一部を行っていた」とし、「Bが、原告に対し、被告の業務について指示をしたにもかかわらず、原告がそれに従わなかった事情は見当たらない。」しました。

 そして、「以上に照らせば、被告の一人株主であるBが原告に被告の取締役として期待していた業務の程度は低く、他方、原告は、Bが被告の設立目的の一つと考えていたBの資産管理等をBの指示に従い実施しており、それを超えてBから被告の業務について担う旨言われたことはうかがわれない。そうすると、Bが被告の経営全般に事実上携わっていたことや原告が被告の経営に関与していた程度が大きくないことを踏まえても、原告について、被告においてその取締役として職務の執行を委ねることができないと判断することもやむを得ない、客観的、合理的な事情は本件では見当たらず、他に被告の主張を踏まえて検討してもこのような事情は見当たらない。」として、正当な理由がないとしました。

 (5-3)コメント

 いわゆる名目的取締役についてはかなり限定された職務しか行っていないことから任務懈怠があるのではないかが問題になりますが、本件では株主から委任された職務自体が限定されていることから特に業務指示がない限り解任の正当な理由にはならないと判断しました。

 支配株主が恣意的に取締役を解任することについては一定の歯止めとなりうるでしょう。

 

■6. 営業損益の低下が取締役の能力に起因するとはいえないとして正解任の正当な理由がないと判断された事例(東京地裁令和 4年 3月14日判決ウエストロー2022WLJPCA03148001)

 (6-1)事案の概要

 美術品の公開オークションを主たる事業とする株式会社(被告)の取締役であった原告が正当な理由なく被告を解任されたとして損害賠償を求めた事案であり、被告は解任の正当な理由として、①被告の業績に関し,原告が保守的な経営を加速化させて業績を下降させ続けたことや,②本件紛失に関し,原告が不十分な管理体制を漫然と放置して本件紛失を発生させ,その後も改善措置を講じなかったことを指摘した。

 (6-2)裁判所の判断

 まず①については、「原告が取締役兼代表取締役の地位にあった各期において,被告の営業損益が悪化し,令和2年5月期には約1億3956万円の営業損失を計上するに至ったこと」を認めつつ、「このような状況が原告の経営方針や経営能力に起因することを認めるに足りる証拠はないから,被告の業績に関する事情をもって本件解任に正当な理由があるということはできない」と判断しました。

 また②についても、「本件紛失の発生前に被告において構築すべきであった管理体制の内容やこれを構築すべき義務を原告が負うことを基礎づける事情に関する具体的な主張立証はされておらず,本件紛失の発覚後に原告が従前の管理体制を改善する措置を講じなかった事実を認めるに足りる証拠もない上,本件紛失の発覚後に原告が取締役に重任されていること(同(2)キ)からしても,本件紛失に関する事情をもって本件解任に正当な理由があるということはできない。」としました。

 また被告は、原告は親会社(a社)の取締役として不適格であるから被告の取締役としても不適格であるとも主張しましたが、「同一の企業グループに属する親会社とその完全子会社という関係にあるとはいえ,両社は別の会社であり,持株会社であるa社とオークション事業を行う被告とでは取締役としての職務内容等に差異があるというべきであるから,このような差異を捨象して,a社の取締役として不適格であるから直ちに被告の取締役として不適格であるということはできない。」としました。

 その他被告の主張も認められず、解任に正当な理由はないと判断しました。

 (6-3)コメント

 本件は営業損益が低下した時期に代表取締役兼取締役であったのですが、原告の具体的な行為や能力について取締役としての不適格性を基礎づける事実がなく、経営判断の裁量の範囲とされたものです。

 法的責任は生じないとしても経営者としての責任は違う形で追うことになると思われます。

 

■7. 会社の支配権を混乱させたとする解任の正当な理由が認められなかった事例(東京地裁令和4年1月14日判決ウエストロー2022WLJPCA01148004)

 (7-1)事案の概要

有線・無線通信機器の製造・販売等を目的とするA社の持株会社である被告の取締役であった原告が正当な理由なく解任されたとして損害賠償を求めたのに対し、被告は、原告がクーデターを計画したこと、取締役の職務を放棄したことが解任の正当な理由となると主張した。

 また損害について原告が解任後再就職したことから損益相殺を主張した。

 (7-2)裁判所の判断

 まず、クーデター計画について、裁判所は、原告が被告の代表取締役であった「Bの解任に向けた活動を行っていたことが認められる」が、「原告がBの解任を専ら主導したと認めるに足りる証拠はない。」としました。

 もっとも、「仮に原告がBの解任を主導したか,これに準じる重要な役割を果たしたとしても,①原告は,Bが取締役会の承認を得ることなく利益相反取引を行ったり,年齢に伴い独善的になってきたりしたことは理由に挙げて,Bの解任をしようとしたことが認められる」とし、「原告は,代表取締役の業務執行一般についてこれを監視する職責を有し(最高裁昭和46年(オ)第673号同48年5月22日第三小法廷判決・民集27巻5号655頁参照),被告にとって不適切と考える代表取締役を解任する動きをすること自体は取締役の善管注意義務に沿うものであること,②原告がBの解任に向けて取った方法については,原告が述べたとされる被告株式の評価額は,一応の裏付けがあり,何ら根拠のない事実を前提としたなどの事情は認められず,本件シナリオの内容に照らしても,その方法は,取締役の職責に照らして著しく不当な態様とはいえないこと,③原告が他の取締役や株主と異なる経営方針を示し,支配権争いをしたこと自体をもって正当な理由があるとすることは困難であることからすれば,仮に原告には保有する被告株式を高値で売却する目的が併存しており,被告の社内に一定の混乱を招いたとしても,原告に取締役としての職務執行を委ねることができないと判断することもやむを得ない客観的,合理的な事情があるとはいえず,正当な理由があるとはいえない。」としました。

 また職務放棄については、「原告は,平成31年3月,本件シナリオの内容を知ったHから,社内での業務の引継ぎの命令を受け,さらに,同年6月7日,原告の引継ぎの多くが終了したことから,Hから任期満了まで出勤されないように指示され,また,自宅待機中にも部下から来た業務に必要なメールや電話に対して回答するなどの対応をしたと反対趣旨の供述をし,これに沿って上記メールでの対応が現になされている」等としました。

 また原告がデータの削除を行ったとする点については、「原告は,引継ぎに当たって個人メール設定等を削除するためにデータを消去して返却しただけであり,業務で作成した各種データ等はディスク内に残しており,メールやシナリオは送付先に残っており,証拠隠滅に当たらない」とする原告の供述を信用できるとしました。

 その他原告が弁護士に送ったメールの内容についても、「本件メールの内容は,B解任への動きが頓挫し,原告がE弁護士から取締役を辞任して,被告株式を売却するよう説得を受け,その中で,E弁護士と取締役の辞任や被告株式の売却の協議をしたものであり,かかる交渉経緯や,本件メールの表現が著しく不当なものとはいえないこと,本件メールはE弁護士宛に送付されたにとどまることに照らせば,本件メールの送付をもって,原告に善管注意義務があったとは認められず,職務執行上の法令違反行為に当たらず,原告に取締役としての職務執行を委ねることができないと判断することもやむを得ない客観的,合理的な事情があるとはいえず,正当な理由があるとはいえない。」としました。

 結論として解任の正当な理由が認められないと判断しました。

 本件では損害について、原告が再就職していることから損益相殺の対象となるのではないかが問題とされました。

この点について 裁判所は、「原告は,本件解任後,令和2年1月に再就職しているが,被告に対して職務専念義務又はこれに類する義務を負っていたとは認められないから,本件解任後に得た収入が,本件解任がなければ得られなかった利益とはいえないし,再就職後に得た収入が本件解任により喪失した報酬と同質性を有するとも認められない(最高裁昭和63年(オ)第1749号平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号3039頁参照)。以上によれば,損益相殺の法理により再就職後の収入を控除することは相当ではない。」と判断しました。

 (7-3)コメント

 代表取締役を退任させて自ら会社を支配しようとする形の争いはしばしばおこるものですが、取締役には代表取締役を監視する職責があることから利益相反取引等法令違反行為が疑われる状況で支配権の争いとなっても直ちに解任の正当な理由とはならないということになります。

 また損害については再就職したとしても損益相殺の対象とならないと判断しました。

 

■8. 懇親会の参加者から代金を過大に徴収したとしても関与の程度が不明で取締役を解任する正当な理由とはならないとした事例(東京地裁令和3年1月15日判決2021WLJPCA01158009)

 (8-1)事案の概要

 原告が被告である株式会社から不当に解任されたとして損害賠償請求を求めたのに対し、被告は、原告が懇親会の参加者から過大な代金を徴収したこと、被告の従業員に業務外の行為をさせたことを解任の正当な理由として挙げた。

 (8-2)裁判所の判断

 裁判所は、「原告が本件懇親会において取引先の参加者から過大な金額を徴収したこと及び被告の事務担当の女性従業員に業務外の行為を行わせたことがあったことについて,本件解任の正当な理由を基礎付けるものとして考慮できることとなる。」としました。

 しかし、「本件懇親会において取引先の参加者から過大な金額を徴収したことについては,過大徴収となったのは参加者1名当たり1000円余りにとどまるし,その行為に原告がどの程度関与したかは明らかでない。また,被告の事務担当の女性従業員に業務外の行為を行わせたことがあったことについては,その回数や態様が証拠上明らかでない。そうすると,いずれの事由についても,それがどの程度悪質といえるかや,それをどの程度原告に帰責できるかは明らかでない上,原告が指導や注意を受けたにもかかわらず,改善されなかったと認められるようなものはない。

  そうすると,原告について,被告の役員としての職務執行を委ねることができないと判断することもやむを得ない客観的な事情があるとまではいえず,本件解任に正当な理由があるとはいえない。」と判断しました。

 (8-3)コメント

 本件では原告に代金の過大徴収があったものの1000円程度の警備なものであり、女性従業員に対するハラスメントも証拠上強度のものは認められないことから解任に正当な理由がないとしました。

 会社側は解任する以上何を得至当な理由とするかについてしっかりと特定する必要があるでしょう。

 

■9. 株主かつ代表者の了解なく報酬増額や金銭借入れをしたとする事情はなく解任の正当な理由が認められなかった事例(東京地裁令和2年3月4日判決 2020WLJPCA03048008)

 (9-1)事案の概要

 被告の取締役であった原告が被告から正当な理由なく解任されたとして損害賠償を求めたのに対し、原告が被告の株主かつ代表者である妻及び株主Bの了解なく、報酬の増額や金銭の借入れを行った等と主張して解任の絵正当な理由があると主張した。

 (9-2)裁判所の判断

 裁判所は、「本件増額について,被告代表者の同意は得られていたといえる。」とし、「Bは,被告の経営を被告代表者及び原告に包括的に一任していたのであるから,結局,被告の全株主の同意を得て行われた本件増額は有効というべき」であるとして解任の正当な理由にはならないとした。

 また借入れについては「被告代表者は,芝信金の担当者から本件借入れについて説明を受けた上で,「金銭消費貸借証書」,「変動金利適用に関する特約書」及び「特定保証約定書」と題する契約書類に自ら署名していることなどから代表者が了解していたと認定し、「本件借入れは,本件解任についての正当な理由とは認められない。」と判断しました。

 また原告は代表者である妻に対して不法行為に基づく損害賠償請求を主張しましたが、裁判所は、「本件解任の背景には、被告会社の代表者と原告との離婚をめぐる紛争があることは否定できないものの、同解任について不法行為に該当するほどの違法性を基礎付け事実は認められない」としました。

 (9-3)コメント

 夫婦間で離婚と取締役の解任が問題になり、解任の正当な理由は認められないが妻である代表者に対する不法行為が否定されたことで、会社法339条2項の法廷責任の範囲で報酬2年分が損害として認められました。

 仮に会社に対する不法行為責任を追及できるとなれば、例えば退職慰労金や2年を超える部分の報酬相当分について損害が認められる可能性があるのではないかと考えられますが、この点について裁判所がどのような判断をするかについてはわかりません。

 

■10. 定款変更により任期が1年とされ再任されなかった取締役につき会社法339条2項類推適用の余地があるとしつつ再任されないことに正当な理由があるとした事例(名古屋地裁令和元年10月31日判決ウエストロー  2019WLJPCA10316001)

 (10-1)事案の概要

 原告は10年の任期で被告の取締役に就任しましたが被告が定款変更により任期を1年としたうえで原告を任期満了後再任しなかった点につき、会社法339条2項類推適用により被告に対し損害賠償請求をしました。

 (10-2)裁判所の判断

 まず会社法339条2項類推適用の可否について、「取締役の任期途中において,その任期を短縮する旨の定款変更がなされた場合,その変更後の定款は在任中の取締役に対して当然に適用されると解することが相当であり,その変更後の任期により任期が満了した者については,取締役から退任する。

  そして,会社法339条2項は,株主総会の決議によって解任された取締役は,その解任について「正当な理由」がある場合を除き,会社に対し,解任によって生じた損害の賠償を請求することができる旨定めているところ,取締役の任期途中に任期を短縮する旨の定款変更がなされて本来の任期前に取締役から退任させられ,その後,取締役として再任されることがなかった者について,その趣旨が同様に当てはまるか否かは,なお議論の余地があるものの,本件定款変更による取締役の任期の短縮には,原告を被告の取締役から退任させることがその目的に含まれていたということができるから,本件においては,会社法339条2項が類推適用されるとする余地もあり,被告が原告を取締役として再任しなかったことについて,「正当な理由」があるか否かについて検討する。」として類推適用の可能性を残しました。

 もっとも正当な理由については、「この点,設立当時から原告が被告の取締役に就任するまで,被告の取締役は,JAの組合長と農業者取締役で構成されていたところ,原告が被告の取締役に就任した後も,JAの常務理事が新たに取締役に就任しており,JA兼務取締役(被告の取締役としては無報酬)と農業者取締役による役員体制(親会社であるJAの幹部と農業者取締役から成る役員体制)は設立時から変化がないこと,原告は,被告の取締役に就任した際,JAの常務理事ではなく,その経歴から農機具等のオペレーター等の農業関連の現業を担う者として選任されたものでもないこと,原告は被告から報酬を得ていたことなどからすれば,原告の地位は,上記の役員体制に沿うものではなく,上記の役員体制とは別目的で創設された地位といえるところ,原告はJAの理事を3年で退任することにより,JA職員の定年より前に収入を失うことになる救済のために,報酬のある被告の取締役及び代表取締役に就任したものであり,その地位は,原告に収入を得させるためのもの,即ち生活保障のために与えらえた地位であったといえる。また,原告が被告の代表取締役に就任していた間,いずれも営業損失を計上し,原告の手腕によって経営が改善されたということもなく,原告が被告の取締役に就任している期間を通じて,生活保障のために与えられたという地位に変化がなかったといえること,原告は,7年近く被告の取締役の地位にあり,その在任中,4700万円を超える報酬を得ており,生活保障としては十分な金銭を得ていることなどに鑑みると,原告を被告の取締役として選任した目的は,本件定款変更による任期が終了した時点で既に達成しており,原告を被告の取締役に再任しなかったことについては,「正当な理由」があるといえ」ると判断しました。

 (10-3)コメント

 本件は定款変更で任期を1年として再任されなかった事案ですが、仮に任期10年のまま途中で解任した場合に同様に解任に正当な理由が認められるのか否かは問題になりそうです。

 おそらく裁判所は任期途中の解任とのバランスをとる方向で解釈すると予想されるため、結論は同じではなかったかと推測されますが、解任よりも再任しないことのほうが心理的には行いやすいといえ、形式的にも339条2項が本来予定している場面ではないことからハードルが低くなるかもしれません。

 

■11.まとめ

 近時の裁判例について解任の正当な理由が争われた事例を検討してきましたが、会社法339条2項は会社側に正当な理由の立証責任を負わせていることからかなり深刻な事態でないと認められないという印象です。

 もっとも任期が10年で残存する任期がかなり長くても現在の裁判例では2年間の報酬相当額に限定していることから損害額が膨大となって会社の財務状況に打撃を与えるというほどのインパクトはないようにも思われます。

 すなわち会社としては最大2年分の報酬相当額を支払えば当該取締役を解任できることになり、その意味では取締役の地位というのは本来的に不安定なものといえるのでしょう。

以上

 

水野健司特許法律事務所

弁護士 水野健司

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