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2024年04月10日

従業員の解雇が権利濫用として無効になる場合とは?(名古屋の弁護士)

<目次>

■1.はじめに

■2.コロナ禍でのマスク着用命令違反を理由とする解雇が無効とされた事例(大阪地裁令和3年12月5日判決ウエストロー2022WLJPCA12056001)

■3.試用期間延長後の解雇につき試用期間の延長は認められず解雇を無効とした事例(東京地裁令和2年9月28日判決ウエストロー2020WLJPCA09288005)

■4.業務遂行上問題があったとしても解雇は相当でないとした事例(東京地裁令和3年6月25日判決ウエストロー2021WLJPCA06258024)

■5.目標管理シート記載違反、納期間近の業務懈怠、録音禁止違反による普通解雇が有効とされた事例(東京地裁立川支部平成30年3月28日判決ウエストロー2018WLJPCA03286026)

■6.まとめ

 

<内容>

■1.はじめに

 会社は従業員に対して指揮・命令を行う立場にあり、従業員が指揮・命令に従わない場合などは注意、けん責、出勤停止、降格・言及といった処分をすることができます。

 この処分のうちでも最も重いものが解雇であり、従業員を解雇するには相応の理由がなければいけません。

 そして十分な理由がないにも関わらず解雇とした場合権利濫用としてその解雇は無効となります。

 この点労働契約法16条は「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」としています。

 それでは裁判例でどのような場合に解雇権を濫用したとして無効となるのでしょうか。

 

■2.コロナ禍でのマスク着用命令違反を理由とする解雇が無効とされた事例(大阪地裁令和3年12月5日判決ウエストロー2022WLJPCA12056001)

 (2-1)事案の概要

 原告はマンションの管理を業務とする会社(被告)の従業員でした。新型コロナウイルス対策としてのマスク着用の業務命令従わなかったこと、通勤費を過大に請求したことを理由として解雇されました。

 そこで原告はこの解雇が無効であるとして本訴省を提起しました。

 (2-2)裁判所の判断

 まず裁判所は、マスク着用命令の必要性について、「被告の業務はマンションの管理等である」との前提で、「新型コロナウイルス禍においては、被告が管理するマンションの住民に不安を与えないようにすることが業務の遂行において必要であるといえ、被告が従業員に対して、感染防止対策の徹底を求める通知を繰り返し発出し、マスク着用等の徹底を求めている」として業務命令の必要性はあり有効であるとしました。

 そして「被告の従業員としては、使用者である被告の指示に従って、業務を遂行する際には、新型コロナウイルス感染防止対策を徹底しながら職務を遂行する義務を負っていたことになる。ところが、本件マンションの住民から、原告に関して、「マンション内や通勤途中でお見かけした時は、マスクをされていません」、「いつお見かけしても、マスクをされていない」との連絡がなされている」ことや原告の言動から「本件マンションで管理員として業務を遂行する際や、通勤の際に、日常的にマスクを着用していなかったことがうかがわれる」としました。

 「そうすると、原告は、本件マンションの管理員として職務を遂行する際に、使用者である被告からの業務上の指示に従っていなかったことになる。」として業務命令違反があったことを認めました。

 もっとも、「原告が過去にも被告から同様の行為について注意を受けていたというような事情はうかがわれないこと」、「現実に被告に寄せられた苦情は1件にとどまっていること」、「原告の行為が原因となって、本件マンションの管理に係る契約が解約されるというような事態は生じていないこと」「原告にマスク着用に関する注意をしていないこと」などから、「同事情をもって、原告を解雇することが社会通念上相当であるとまではいうことができない。」としました。

 また通勤手当を過大に請求したことについては、「当初から実態と異なる通勤経路を申告していたものではなく、勤務期間の途中で転居をしたことで通勤経路が変更になったものであること、原告が、殊更に転居の事実を秘して、差額の受給を受けることを意図していたことをうかがわせる証拠はないこと、通勤手当の差額は1か月当たり3000円未満(1か月定期券で比較すると2770円)であること」、「原告の不正受給の合計額も3万円弱にとどまっていること、原告が令和3年6月2日の面談において、令和2年9月11日まで遡って通勤手当を清算することを承諾して」いつことなどから、「同事情をもって、原告を解雇することが社会通念上相当であるとまではいうことができない。」としました。

 (2-3)コメント

 本件では業務違反が2件ありましたが、マスクを着用しないことも通勤費の過大な請求についても比較的軽度の違反であるということから解雇は重きに失するということで無効となりました。

 マスクの不着用については医療・介護職であればより厳しく判断される可能性がありますし、通勤費の不正についても回数や金額により解雇が相当と判断される場合も考えられるでしょう。

 

■3.試用期間延長後の解雇につき試用期間の延長は認められず解雇を無効とした事例(東京地裁令和2年9月28日判決ウエストロー2020WLJPCA09288005)

 (3-1)事案の概要

 原告は、実質的には新卒者として被告(会社)に採用されましたが勤務態度に問題がある等として試用期間が延長され後に解雇されました。

 原告はこの解雇が権利濫用であり無効である等として本訴訟を提起しました。

 (3-2)裁判所の判断

 裁判所はまず新卒採用者に適用される3箇月の試用期間をどのような場合に延長できるかについて判断しました。

 被告の就業規則に試用期間の延長について規定はなく、試用期間については「3か月以内の従業員で業務に不適当と認められる者は,何時にても解雇することができる。」規定されていることなどから、「本件雇用契約における試用期間は,職務能力や適格性を判定するため,使用者が労働者を本採用前に試みに使用する期間で,試用期間中の労働関係について解約権留保付労働契約である」としました。

 その上で延長については、「試用期間を延長することは,労働者を不安定な地位に置くことになるから,根拠が必要と解すべきであるが,就業規則のほか労働者の同意も上記根拠に当たると解すべきであり,就業規則の最低基準効(労働契約法12条)に反しない限り,使用者が労働者の同意を得た上で試用期間を延長することは許される。」としました。

 延長の要件については「就業規則に試用期間延長の可能性及び期間が定められていない場合であっても,職務能力や適格性について調査を尽くして解約権行使を検討すべき程度の問題があるとの判断に至ったものの労働者の利益のため更に調査を尽くして職務能力や適格性を見出すことができるかを見極める必要がある場合等のやむを得ない事情があると認められる場合に,そのような調査を尽くす目的から,労働者の同意を得た上で必要最小限度の期間を設定して試用期間を延長することを就業規則が禁止しているとは解されないから,上記のようなやむを得ない事情があると認められる場合に調査を尽くす目的から労働者の同意を得た上で必要最小限度の期間を設定して試用期間を延長しても就業規則の最低基準効に反しないが,上記のやむを得ない事情,調査を尽くす目的,必要最小限度の期間について認められない場合,労働者の同意を得たとしても就業規則の最低基準効に反し,延長は無効になると解すべきである。」としました。

 つまりやむを得ない調査の必要があれば労働者の同意を得て最小限の期間の延長ができるとしました。

 本件の原告は、「実質的にはいわゆる社会人経験がない新卒の立場で被告に入社したものであるところ,学生感覚から抜け出せないまま社会人になってしまう事例は内容・程度に差はあっても社会内に相当程度存するとうかがえる。そうすると,被告が,原告の職務能力や適格性について調査を尽くすというのであれば,原告の就労開始直後ころからその就労態度等に関する問題点を把握していたのであるから,面談を実施するなどして原告に対して問題点を具体的に指摘した上で改善されなければ解雇(解約権行使)もあり得るなどと警告し,適切な時間的間隔で面談を繰り返すなどして改善の有無等に関する被告の認識を伝えるなどして職務能力や適格性を見極める取組みをすべきであったと考えられる」にもかかわらず、被告は原告の勤務態度に問題があり改善が必要であるなどの注意や指導を行っていなかったことから、試用期間の延長は無効であると判断しました。

 そのため原告は試用期間を終えて通常の雇用期間中に被告から解雇されたことを前提として解雇事由が検討されました。

 原告は被告から勤務態度等いくつか問題を指摘されていましたが、裁判所は「被告が主張する事実のうち,解雇事由に当たり得るのは,前記コの集中力や説明を聴きとって理解することの問題,前記サの学習意欲に不足がある態度及び前記シの意思疎通の問題であるが,原告が前記のとおり実質的には新卒者と同じであること,被告が認識する原告の問題に対して適切な指導を実施して改善されるか否かを検討したと認めるに足りる証拠がなく,かえって,被告が前記1(6)のとおり退職勧奨に力を入れて原告の問題を改善させることと相容れないと考えられる本件会議室における一人での自習を主に続けさせたことを併せ考えると,前記の集中力や指導担当者の説明を聴きとって理解することの問題,学習意欲に不足がある態度,意思疎通の問題が解雇事由に当たると評価することはできない」としました。

 結論として「本件について解雇事由は存しないのであり,本件解雇は,客観的合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められず,解雇権を濫用したものとして無効である。」と判断しました。

 (3-3)コメント

 本件では実質的な新卒者について社会人として勤務態度に問題があったことから試用期間を延長した上で解雇に至ったものでしたが、学生気分が抜けきらない態度に対して問題点を指摘し注意や処分の可能性などを通知して指導したとの痕跡がみられず、むしろ会議室で長時間1人で自習させるなど退職に向けた嫌がらせとも考えられる措置を取った会社側に問題があった事案でした。

 試用期間が解雇権の留保と解されるとしても延長にういては実務上かなり慎重に検討する必要があるでしょう。

 

■4.業務遂行上問題があったとしても解雇は相当でないとした事例(東京地裁令和3年6月25日判決ウエストロー2021WLJPCA06258024)

 (4-1)事案の概要

 原告は被告(会社)に研究員として勤務したものの行う上必要な技能を習得していないなどとして解雇とされたため、原告は解雇が無効であるとして本訴訟を提起しました。

 (4-2)裁判所の判断

 裁判所はまず懲戒解雇の有効性について、「確かに,ReVEXの操作の習得については,平成28年5月ないし同月6月までに行うことが業務目標として掲げられていたにもかかわらず,原告が上記研究開発テーマの担当を外されるまでこれを習得できなかった」ことから「業務の遂行に不十分な面があったことは否定し難い。」として原告に問題があったことを指摘しました。

 しかし、それは「単なる職務怠慢によるものではなく,他の業務に取り組んでいたことによるものであるといえ,他方で,Revexの操作の習得について担当から外されるまでに何らの指導等を受けたこともうかがわれないことからすると,その着手の遅れについて,解雇を相当とすべきほどの業務遂行上の問題点があったとはいえない。」としました。

 その他についても「被告が具体的に指摘する個々の研究開発テーマ等をみても,原告が業務命令に不当に反抗し,職場の秩序を乱したというべき点はない。」としました。

 そして、「業務の遂行状況等を踏まえて被告が行った原告についての評価についてみると,確かに,原告については能力考課及び成績情意について,上から順にAないしDの4段階で評価されるうちのBないしCの評価にとどまっており」「このような評価は,被告の従業員の中では相当程度に低い評価であったとはいえる。」としながら、「しかしながら,原告の評価として最も低いC評価の指標も,「期待レベルを下回ったが,業務はなんとか遂行された」(成績考課)などというものにとどまり,更に下のD評価の指標である「業務に支障を来たした」(成績考課),「他に重大な影響を及ぼした。」(情意考課)などといった被告の業務に支障を及ぼすような程度にまでは至っていない」として懲戒解雇を無効としました。

 次に普通解雇の効力について裁判所は、「普通解雇の理由となる業務遂行状況の不良とは,勤務成績が著しく不良であり,会社業務の遂行上妨げとなると認められるときと被告が定めるように」「その程度が著しいものに限られるというべきであり,また,原告の等級が上記のようなものであるといっても,被告は,原告を降格する権限を有していたのであり」「それにもかかわらず解雇せざるを得なかったような事情が求められるというべきである。そして,上記のように原告の業務遂行状況は決して問題がなかったといえるものではないが,被告がB評価ないしC評価を付し,必ずしも常に最低レベルの評価を付していなかったことに加え」「原告に対しては,以上の各指導や本件配転を行ったにとどまり,特に,その後の平成26年度及び平成27年度については,被告が解雇理由を主張せず,また,人事評価もB評価又はB-評価を付していた項目もあったように,普通解雇に相当するような程度の著しい業務遂行状況の不良があったとはいえない。」として普通解雇も無効であるとしました。

 (4-3)コメント

 本件で原告は業務遂行上期待される水準に達していないこと自体は確認しつつ、しかし解雇とするには業務上著しい支障が生じている等の事情が必要であり、単に能力が劣っているだけでは降格の理由にはなったとしても解雇としての理由としては相当性を欠き無効となるということでした。

 解雇は最後の手段であることからより軽い処分で問題を解消できないかを常に考える必要があるでしょう。

 

■5.目標管理シート記載違反、納期間近の業務懈怠、録音禁止違反による普通解雇が有効とされた事例(東京地裁立川支部平成30年3月28日判決ウエストロー2018WLJPCA03286026)

 (5-1)事案の概要

 原告は被告(会社)の従業員であったが、原告が適切に目標管理シートを作成し提出しなかったこと、納期が翌日の業務を放置して定時に帰宅したこと、被告の録音禁止命令に違反したことを理由に普通解雇されたため、この解雇が権利濫用であり無効であるとして本訴訟を提起しました。

 (5-2)裁判所の判断

 裁判所はまず目標管理シートについて、「原告の作成・提出した目標管理シートや能力評価表は、具体的な記載がなかったり、そもそも記載すべき事項が記載されていなかったり、全く関係のない要求事項が書き連ねてあったりなど、到底その趣旨に合致しないものであった。しかも、原告は、被告の製造部長や人事課長ら上司に当たるべき者達から繰り返し説明や指示を受けたにもかかわらず、当初その提出を拒否していたり、到底その趣旨に合致しない目標管理シート等を提出したりしているのであり、単に目標管理シート等の趣旨を理解しないというにとどまらず、会社の決まりを軽視し、会社の正当な指示も受け入れない姿勢が顕著といわざるを得ない。」として、記載の不備だけでなく会社の支持に従わない姿勢が顕著であるとしました。

 次に納期が翌日に迫っている業務について、「企業にとって納期の遵守が信用の確保などの点で重要であることは、社会通念上明らかであり、被用者は、納期に終了していない業務があるのであれば、定時に帰宅する場合であっても、少なくとも、定時前ないし帰宅前に上司等にその旨を報告し、必要な引継ぎを行うべき雇用契約上の義務を負うものと解される。」として帰宅するにしても上司に報告する必要があることを指摘しました。

 そして本件の原告については、「原告は、納期が翌日の業務があるにもかかわらず、それを自分で完成させることも、必要な報告・引継ぎを行おうとすることもなかったばかりか、指導係からの注意にも何ら応答せずに帰宅しているのであって、従業員としてなすべき基本的な義務を怠り、これについての注意や指導を受け入れない姿勢が顕著で、改善の見込みもないといわざるを得ない。このことは、原告が本人尋問において、納期が明朝朝一番に迫っていても残業命令がない限りは定時に帰り、命令がない限りはその旨を報告する必要もないと明言していること(人証略)からも顕著であり、被告がこのような原告に任せられる仕事はないなどと判断したのも、やむを得ないものである。」としました。

 つまり納期が迫っている業務を終わらせないまま帰宅しただけでなく、そのことを指摘されても改善する姿勢が見られなかったことから責任のある仕事を任せられないとの判断も理解できるということです。

 そして従業員に録音禁止を命令できるかについて裁判所は、雇用者であり、かつ、本社及び東京工場の管理運営者である被告は、労働契約上の指揮命令権及び施設管理権に基づき、被用者である原告に対し、職場の施設内での録音を禁止する権限があるというべきである。このことは、就業規則にこれに関する明文があるか否かによって左右されるものではない。」として命令できるとしています。

 そのうえで本件の原告については、「被用者が無断で職場での録音を行っているような状況であれば、他の従業員がそれを嫌忌して自由な発言ができなくなって職場環境が悪化したり、営業上の秘密が漏洩する危険が大きくなったりするのであって、職場での無断録音が実害を有することは明らかであるから、原告に対する録音禁止の指示は、十分に必要性の認められる正当なものであったというべきである。」として録音禁止が正当であり必要なものであったとしています。

 そしてこれらの業務命令違反について、「以上を総合すれば、原告は、もともと正当性のない居眠りの頻発や業務スキル不足などが指摘され、日常の業務においても、従業員としてなすべき基本的な義務を怠り、適切な労務提供を期待できず、私傷病休職からの復職手続においても、目標管理シート等の提出においても、録音禁止命令への違反においても、自己の主張に固執し、これを一方的に述べ続けるのみで、会社の規則に従わず、会社の指示も注意・指導も受け入れない姿勢が顕著で、他の従業員との関係も悪く、将来の改善も見込めない状態であったというべきである。」として本件の普通解雇を有効としました。

 (5-3)コメント

 本件では目標管理シートの作成、納期間近の業務処理、録音禁止命令の3つについていずれも不適切な業務が行われただけでなく、注意や指導に対しても自己の意見に固執して命令に従おうとしなかった姿勢が顕著に表れていることから改善の見込みも期待できないとして普通解雇を有効としました。

 業務懈怠や命令違反も重要ですが、注意に対してどのような対応をしたのかによって改善が見込まれるのかそうでないのかが決められるといえるでしょう。

 

■6.まとめ

 解雇の有効性が争われた事案をみてきましたが、いずれの裁判例でも単にいくつかの就業規則に違反したという事実だけでは足りず、少なくとも指導や注意がなされたうえでさらに規定違反がなされるなど悪質な場合でなければ権利濫用として無効になると判断しています。

 一方、注意がなされてもこれに従おうとしない姿勢が明らかであるなど改善の見込みがないような場合であれば解雇が有効になる場合があることになります。

 いずれにしても解雇についてはそれがやむを得ない措置であるのかを慎重に検討する必要があるでしょう。

 

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水野健司特許法律事務所

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