従業員に対する退職勧奨が違法になる場合とは(名古屋の弁護士)
<目次>
■1.はじめに
■2.個人面談における言動が違法な退職勧奨にあたると判断された事例(横浜地裁令和2年3月24日判決ウエストロー2020WLJPCA03246001)
■3.バス運転手の上司による言動が違法な退職勧奨と認められた事例(宇都宮地裁令和2年10月21日判決ウエストロー2020WLJPCA10216006)
■4.個別面談による退職勧奨が精神疾患を悪化させたとして不法行為が認められた事例(東京地裁令和2年12月21日判決ウエストロー2020WLJPCA12218005)
■5.退職勧奨目的で会議室で自習させた行為等が不法行為にあたるとされた事例(東京地裁令和2年9月28日判決ウエストロー2020WLJPCA09288005)
■6.違法な退職勧奨により休職期間が満了したとしても従業員の地位は失われないとした事例(京都地裁平成26年2月27日判決ウエストロー2014WLJPCA02276007)
<内容>
■1.はじめに
会社と雇用関係にある従業員が何らかの理由で会社から退職を勧められることがあります。このような場合、従業員としては退職するか会社にとどまるかは自由に消えめられるはずであり退職をしなければならないわけではありません。
しかしながら、実際には会社側がかなり強引に退職を迫ることもあり従業員は居づらくなって辞めてしまうことが多いようにも考えられます。
そこで今回はどのような場合に退職勧奨が違法となるのかについていくつかの裁判例を紹介しながら確認していきたいと思います。
■2.個人面談における言動が違法な退職勧奨にあたると判断された事例(横浜地裁令和2年3月24日判決ウエストロー2020WLJPCA03246001)
(2-1)事案の概要
本件では個人面談において上司が従業員に対し行った退職勧奨が違法となるかが争われました。
(2-2)裁判所の判断
まず退職勧奨について裁判所は、「退職勧奨は,その事柄の性質上,多かれ少なかれ,従業員が退職の意思表示をすることに向けられた説得の要素を伴うものであって,一旦退職に応じない旨を示した従業員に対しても説得を続けること自体は直ちに禁止されるものではなく,その際,使用者から見た当該従業員の能力に対する評価や,引き続き在職した場合の処遇の見通し等について言及することは,それが当該従業員にとって好ましくないものであったとしても,直ちには退職勧奨の違法性を基礎付けるものではない」として従業員にとって嫌な思いをしたからといって違法になるものではないことを確認しています。
もっとも本件では、「上司の退職勧奨について「原告が明確に退職を拒否した後も,複数回の面談の場で行われており,各面談における勧奨の態様自体も相当程度執拗である上」,「確たる裏付けがあるとはうかがわれないのに,他の部署による受入れの可能性が低いことをほのめかしたり,原告の希望する業務に従事して被告の社内に残るためには他の従業員のポジションを奪う必要があるなどと,殊更に原告を困惑させる発言をしたりすることで,原告に対し,退職以外の選択肢についていわば八方塞がりの状況にあるかのような印象を,現実以上に抱かせるものであった」としています。
さらに本件では、「原告に対し,単に業務の水準が劣る旨を指摘したにとどまらず,執拗にその旨の発言を繰り返した上,能力がないのに高額の賃金の支払を受けているなどと,原告の自尊心を殊更傷付け困惑させる言動に及んでいる」としました。
これらの事情から本件では、「退職勧奨は,労働者である原告の意思を不当に抑圧して精神的苦痛を与えるものといわざるを得ず,社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した違法な退職勧奨であると認めるのが相当であり,不法行為が成立する」としました。
そして、「同不法行為は,被告の業務執行に関してなされたものといえるから,被告は,この点について使用者責任を負う。」として会社に不法行為責任が成立すると判断しました。
損害額については、「以上によれば,被告は,B部長が平成28年8月から同年12月にかけて行った個人面談における違法な退職勧奨行為につき,原告に対し,慰謝料の支払義務を負うところ,その慰謝料額としては,本件に現れた一切の事情を考慮して,20万円が相当」としました。
(2-3)コメント
本件では従業員が退職勧奨に応じない意思を明確にした後も、執拗に退職勧奨を繰り返し、受け入れ先がないかのように行って八方ふさがりであるかのように言い、さらに能力がないのに高額の賃金を得ているなどと自尊心を傷つける言動をしたことから不法行為が成立すると判断されました。
退職勧奨は従業員に好ましくない事実を指摘することがあるものの退職以外に選択肢がないかのように装ったり、給料泥棒といった主旨の表現は人格権を侵害することにもなり違法性が高くなるといえそうです。
■3.バス運転手の上司による言動が違法な退職勧奨と認められた事例(宇都宮地裁令和2年10月21日判決ウエストロー2020WLJPCA10216006)
(3-1)事案の概要
バス会社に勤務していた運転手が上司から違法な退職勧奨を受けたとして損害賠償請求をしました。
(3-2)裁判所の判断
まず裁判所は、「退職勧奨については,労働者がこれに応じるか否かを自由に決定することができることを要するから,労働者の自由な意思形成を阻害するものであってはならない。そうすると,退職勧奨については,その態様が,これに応じるか否かに関する労働者の自由な意思決定を促す行為として許される限度を逸脱し,その自由な意思決定を困難とするものである場合には,労働者の自由な意思決定を侵害するものとして違法であり,不法行為を構成するといえる。」として自由な意思決定が判断の基準になることを示しました。
その上で本件については上司からの発言であり、「その発言内容は,途中で原告が辞めたくないと述べたにも関わらず」「被告会社には向いていないと指摘するにとどまらず」「運転業務以外の業務がない中で,バスに二度と乗せない旨を表明し」「被告会社には要らない旨を繰り返し告げ」「他の会社に行けと言い」「自主退職すべきことをほのめかし」「退職願を書けと命じるものであること」「発言の態様は,会議室や事務室において,複数人の上司から原告一人に対して発言されたもので,特に7月23日会議室の件や7月23日事務室の件は,約1時間に及ぶ長いものであったこと」から、「原告を職場から排除する趣旨のものといわざるを得ない。その上,原告は,その後,傷病休暇を取得し,うつ状態と診断されるに至っている」(とし、「これらの事情を併せ考慮すれば,被告Y2らによる本件退職強要発言は,原告に」「非難に値する行動が発覚したことを踏まえても,原告の自由な意思決定を促す行為として許される限度を逸脱し,その自由な意思決定を困難とするものであると認められる。したがって,被告Y2らの本件退職強要発言について,それぞれ不法行為が成立する」としました。
一方指導の限度を超えた言動を行ったという主張については、「原告に対する指導の必要性が高かったことが認められるから,叱責等における発言に厳しいものがあったとしても,直ちに社会通念上許容される業務上の指導を越えたことにはならないといわざるを得ない。」としつつも、「上司である被告Y2が原告自身を「チンピラ」「雑魚」と呼称した部分については,行動に対する指導との関連性が希薄で,発言内容そのものが原告を侮蔑するものであり」,「発言の態様や,その後原告が傷病休暇を取得してうつ状態と診断されたこと等も併せて考慮すれば,社会通念上許容される業務上の指導を越えて,過重な心理的負担を与えたといえるから,違法なものとして不法行為に当たる」と判断しました。
さらに原告は過小な要求をされたことが不法行為にあたると主張しましたが、差異亜番所はこの点について、「過重な心理的負担を与えたといえる場合には,不法行為としての違法性を帯びるものというべきである。」としたうえで「原告に対し,運転士服務心得を読むことや女子高生の件について文書の作成を指示したこと自体は,上司として許容される相当な指示指導の範囲を逸脱するものとはいい難い。」としつつも、「本件退職強要発言がされ,休職からの復帰後,被告Y3や被告Y6は,同種の読書と文書の作成を約1か月以上にわたり繰り返し指示し,原告は,作業のない時間は何もせずに着座する状態であった上,被告Y4は,原告が反省の弁を述べてもこれでは足りないと言い,現状では乗車は不可能であると言い続けたのであって,いわゆる過少な要求を繰り返した」とし、「これにより,原告が自主退職を迫られたと感じたと認められること」から「これらの事情及び」上記の「事情を総合すれば,被告Y3,被告Y6及び被告Y4の指示指導は,社会通念上許容される業務上の指導を越えた,過重な心理的負担を与える違法なものとして,不法行為に当たる」としました。
そして損害としては「被告Y2らの一連の発言や指示は,原告の問題行動にも一因があるといえるものの,他方,特に本件退職強要発言は悪質性が強いといえることや,それにもかかわらず被告らが違法との評価を否定していること,原告が,被告Y2らの共同不法行為の後,うつ状態になったと診断されていること等に鑑みると,慰謝料の額として60万円が相当」としました。
(3-3)コメント
本件では退職の意思を示したにも関わらず、会社に要らない等の発言を行い、うつ病に罹患したことから自由な意思決定が奪われたとして不法行為の成立を認めました。
また指導とは関係のない表現や単に苦痛を与えるだけの命令についても指導とはいえず不法行為が成立するとしました。
■4.個別面談による退職勧奨が精神疾患を悪化させたとして不法行為が認められた事例(東京地裁令和2年12月21日判決ウエストロー2020WLJPCA12218005)
(4-1)事案の概要
本件では個人面談における退職勧奨が違法となるかに加え、業務を大きく減らされた措置がパワハラとして違法になると主張して争われました。
(4-2)裁判所の判断
まず裁判所は退職勧奨が違法となるか否かの判断基準について、「退職勧奨は,使用者が労働者に対して自発的な退職意思の形成を求める任意の交渉であり,労働者に対する任意の説得の範囲内で行われる限り,直ちに不法行為を構成するものではないが,労働者において,この説得に応じて退職するか否かにつき自ら決定する権利を有することに鑑みると,説得の手段,態様等を総合考慮して,社会通念上相当と認められる範囲を逸脱すると認められるときには,不法行為を構成する」としました。
そして本件では、「遅くとも本件面談9の時点(平成30年6月1日)において,原告が,被告会社からの退職の勧奨には応じない意思を固めていることを確定的に認識したにもかかわらず,1箇月弱の間に5回に及んだ」面談において「被告会社における稼働の継続という原告の要望に関しては配属可能なポジションがないとして一向に取り合わず,原告に対し,原告の退職という被告会社の一方的な要求の通告を継続した上で,前記意思に反して原告が被告会社を退職する前提での提案をするよう執拗に求め続けるとともに,転職支援会社に連絡するなどして被告会社以外の他社への転職を検討することを強く迫ったことに鑑みると,前記各面談の時間が約30分であり(ただし,本件面談11は約5分である。),長時間に及ぶものではないことを考慮しても,前記各面談における退職勧奨行為(以下「本件退職勧奨行為」という。)は,社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した行為であって,不法行為を構成する」としました。
さらに「a事業部の部長であった被告Y2は,原告に対して退職勧奨を行う権限を有していないものとうかがわれる」こととしながらも、「本件面談4~10,12及び13に同席した上,原告に対し,本件面談9におい転職はネガティブなものではない旨を,本件面談10及び12において,被告会社には原告を配属させるポジションが皆無である旨を述べるとともに,本件面談10においては,このことを前提に原告として今後いかに対応すべきかについて提案するよう求めるなど,Bと共同して原告に対する退職勧奨を行っていたこと,同席していない本件面談11においてBによって行われた原告に対する退職勧奨行為(原告に対して別件で被告会社事務所を訪れていた転職支援会社の担当者に会うよう強く求める行為)は,被告Y2も同席した面談においてBによって行われた原告に対する退職勧奨行為(同社に連絡してその話を聞いた上で次回面談時には感想を述べるよう指示する行為)の一環として行われたものであることに鑑みると,被告Y2は,本件退職勧奨行為につき,原告に対する不法行為責任を負う」として権限のない者であっても不法行為が成立するとしました。
損害については「原告は,平成27年7月から平成30年6月までは,抑うつ状態,不安神経症,不眠症等により,おおむね月1回の頻度で本件心療内科に通院し,抗うつ薬等の処方を受けていたところ,本件退職勧奨行為が始まった同月頃以後,担当する医師に対し,落ち込みの度合いが高まっている旨を訴えるようになり」「同年3月頃以後増加傾向にあった抗うつ薬等の処方量は,同年6月以後一層増加し」、「原告は,同年7月4日から被告会社への出勤を停止」「同月18日,同医師から,うつ病との診断を受け,同月以後,おおむね2週間に1回の頻度で本件心療内科に通院するようになる」「同年6月以後,原告の体調が悪化したことが認められるところ」、「原告の体調悪化の具体的な経緯に鑑みると,本件退職勧奨行為と原告の当該体調悪化との間には因果関係が認められる。
そして,当該体調の悪化によって原告の受けた精神的苦痛には少なからぬものがあると認められるところ,当該精神的苦痛を慰謝するために必要な金員は,本件退職勧奨行為の態様」「原告の体調悪化の具体的状況」などから50万円としました。
もっとも本件では、加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において,その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度,範囲を超えるものであって,かつ,その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは,損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし,裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して,その損害の拡大に寄与した被害者の事情を斟酌することができるものと解するのが相当である(最高裁昭和59年(オ)第33号同63年4月21日第一小法廷判決・民集42巻4号243頁参照。)。」であることを確認し、「原告は本件退職勧奨行為の前からうつ病又はそれに近似した精神状態にあったというべきであり,前記のとおり,本件退職勧奨行為が体調悪化の原因であること自体は否定できないものの,この体調悪化については原告の素因が一定程度寄与していたものとみることが損害の公平な分担という観念に照らして相当である」として,原告に生じた損害については,民法722条2項の類推適用により,原告の過失の割合を3割としてこれを減ずることが相当」として3割の素因による減額をしました。
(4-3)コメント
本件も従業員が退職しない意思を明確にした後も退職することを前提とした退職勧奨を繰り返したこと、配属すべきポジションがないこと、これを前提に対応を検討迫ったこと、他社に行くように行ったことなどから退職を前提として苦痛を与えたことを重視して不法行為が成立するとしました。
また本件では退職勧奨と体調悪化が時期的にも対応しているとして精神疾患の増悪との因果関係が認められるとしながら、素因が体調悪化に影響したとして3割の減額となりました。
■5.退職勧奨目的で会議室で自習させた行為等が不法行為にあたるとされた事例(東京地裁令和2年9月28日判決ウエストロー2020WLJPCA09288005))
(5-1)事案の概要
本件は実質的な新卒の従業員について使用期間を繰り返した上会議室で自習させるなどして退職勧奨をしたことについて不法行為が成立するかが争われました。
(5-2)裁判所の判断
ます裁判所は「退職勧奨は,その手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しない限り,使用者による正当な業務行為としてこれを行い得るものと解するのが相当である。」として「本件において,前記1(6)のとおり,被告は,原告に対し,平成30年6月の22日,25日,27日,7月の2日,23日に退職勧奨を繰り返し,平成30年6月27日に原告から退職勧奨に応じない旨明確に回答されたとはいえ,その後,被告が7月の2日及び23日に退職の再検討を促すことを繰り返したこと自体は,直ちに社会通念上相当と認められる範囲を逸脱したものとはいえないし,平成30年7月2日までの退職勧奨について,社会通念上相当と認められる範囲を逸脱したものとまではいえない。」としました。
もっとも、「原告は,平成30年7月1日以降(ただし,同日は日曜日のため実質的には翌2日〔月曜日〕以降。以下同じ。),本件会議室で一人自習することを主な業務とされていて,太陽光発電事業部が原告の配属について消極的意見を報告したこと(前記1(5)オ)を踏まえて原告の配属先を再検討する場合に次の配属先に異動させるまでの一時的・暫定的な短期間の執務場所として本件会議室が利用されたというなら格別,前記1(6)クのとおり,平成30年7月23日,Cが,原告に対し,原告が本件会議室において午前8時45分から午後5時30分まで一人で簿記の学習等をしていることについて「苦痛じゃない。俺なら苦痛だけどね。」,「退職勧奨にもっていくために…それを耐えてんのは大したもんだよ。」などと発言していて,C及びBが,平成30年7月1日以降,原告が精神的苦痛に耐えられないで退職を申し出ることを期待して本件会議室で主に自習させることを継続させていたと認めざるを得ず,退職勧奨に応じさせる目的で処遇したというほかない。そして,前記1(6)クのとおり,B及びCが,退職勧奨に応じない旨明確に述べた原告に対し,前記1(3)オの指示に従わない勤務表を提出した問題を指摘し,原告から謝罪された上,そもそも原告の提出した勤務表に関する被告の対応に前記3(2)カのとおり問題があるにもかかわらず原告が全面的に悪いことを前提として「謝って済む問題じゃねえだろ。嘘ついてんだぞ,おまえ。」,「おまえは嘘つきだって,言われてるよ。」などと繰り返し非難し,原告が「生産性のないやつ」でその「給料分,他の社員たちに与えた方がより効率的」などと侮辱的表現を用いて退職勧奨している。そうすると,原告に精神的苦痛を与えて退職勧奨に応じさせる目的で本件会議室に一人配置して主に自習させ続けた処遇及び平成30年7月23日のC及びBの退職勧奨に係る言動は,その手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しているといえ,原告の人格権を侵害する違法行為というほかなく,不法行為に当たる」としました。
そして、「処遇及び平成30年7月23日の退職勧奨に係る言動が被告の事業の執行について行われたことは明らかであるから,被告は,使用者責任を負う」として会社に不法行為が成立するとしました。
損害については「原告は,被告の違法な退職勧奨により抑うつ状態を発症したと主張するが,その因果関係を認めるに足りる証拠は存しない」としつつ、「慰謝料額については,原告の当時の年齢,本件会議室での実質的処遇が入社3か月経過後からの約2か月間であること(解雇の意思表示後は就労義務免除〔前記第2の1(5)〕),その他,本件訴訟に顕れた一切の事情を勘案すると,50万円が相当」としました。
(5-3)コメント
本件では退職しない意思を明確にした後の退職勧奨自体を違法としたわけではなく、会議室で自習をさせて退職に向けえた嫌がらせをしていると考えられることから不法行為が成立するとしました。精神疾患との相当因果関係は否定しましたが期間や回数から50万円の慰謝料損害を止めました。
■6.違法な退職勧奨により休職期間が満了したとしても従業員の地位は失われないとした事例(京都地裁平成26年2月27日判決ウエストロー2014WLJPCA02276007)
(6-1)事案の概要
被告から休職期間の満了を理由に退職となった原告が上司の退職勧奨によりうつ病が悪化したことが原因で退職に至ったとして退職勧奨につき不法行為による損害賠償の他、従業員としての地位の確認を求めた事例です。
(6-2)裁判所の判断
まず退職勧奨について裁判所は、「労働契約は、一般に、使用者と労働者が、自由な意思で合意解約することができるから、基本的に、使用者は、自由に合意解約の申入れをすることができるというべきであるが、労働者も、その申入れに応ずべき義務はないから、自由に合意解約に応じるか否かを決定することができなければならない。したがって、使用者が労働者に対し、任意退職に応じるよう促し、説得等を行うこと(以下このような促しや説得等を「退職勧奨」という。)があるとしても、その説得等を受けるか否か、説得等に応じて任意退職するか否かは、労働者の自由な意思に委ねられるものであり、退職勧奨は、その自由な意思形成を阻害するものであってはならない。
したがって、退職勧奨の態様が、退職に関する労働者の自由な意思形成を促す行為として許容される限度を逸脱し、労働者の退職についての自由な意思決定を困難にするものであったと認められるような場合には、当該退職勧奨は、労働者の退職に関する自己決定権を侵害するものとして違法性を有し、使用者は、当該退職勧奨を受けた労働者に対し、不法行為に基づく損害賠償義務を負うものというべきである」としました。
その上で本件では、「原告に対する退職勧奨については、合計5回の面談が行われ、第2回面談は約1時間、第3回面談は約2時間及び第5回面談は約1時間行われている。そして、第2回面談では、Dは、原告が、退職勧奨を拒否した場合、今後被告としてどのように対応するのか聞いたところ、退職勧奨に同意したら自己都合退職になる、そうでない場合は解雇である、解雇の条件の通常の業務に支障をきたしているというのにあてはまると思う旨述べ、また、原告が、休職という手段はなく、選択肢としては合意するか解雇かの2つなのかと尋ねたところ、Dは、基本はそうなる、会社として退職勧奨するのはそういうことである旨述べるなどしており、退職勧奨に応じなければ解雇する可能性を示唆するなどして退職を求めていること、第2回面談及び第3回面談で、原告は自分から辞めるとは言いたくない旨述べ退職勧奨に応じない姿勢を示しているにもかかわらず、繰り返し退職勧奨を行っていること、原告は業務量を調整してもらえれば働ける旨述べたにもかかわらずそれには応じなかったこと、第2回面談は約1時間及び第3回面談約2時間と長時間に及んでいることなどの諸事情を総合的考慮すると、退職勧奨を行った理由が原告の体調悪化に起因するものであること、第5回面談で原告は被告代表者に退職勧奨はするが解雇はしないということを確認したことなどを勘案しても、被告の原告に対する退職勧奨は、退職に関する労働者の自由な意思形成を促す行為として許容される限度を逸脱し、労働者の退職についての自由な意思決定を困難にするものであったと認められ、原告の退職に関する自己決定権を侵害する違法なものと認めるのが相当である」として違法性を認めました。
つぎにうつ病の増悪が退職勧奨によるものか否かが休職期間の満了により退職となるか否かに関連して問題となりました。
裁判所は「この点、精神障害を発症している労働者について、その後の業務の具体的状況において、平均的労働者であっても精神障害を発症させる危険性を有するほどに強い心理的負荷となるような出来事があり、おおむね6か月以内に精神障害が自然経過を超えて悪化した場合には、精神障害の悪化について業務起因性を認めるのが相当であると解する。」としました。
その上で本件は、「平成23年8月22日以降の被告の原告に対する退職勧奨は、原告が退職の意思のないことを表明しているにもかかわらず、執拗に退職勧奨を行ったもので、強い心理的負荷となる出来事があったものといえ、これにより原告のうつ病は自然経過を超えて悪化したのであるから、精神障害の悪化について業務起因性が認められる。」としました。
そのため、「原告は、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあるというべきである」として退職は無効としまし、賃金請求権を失わないとしています。
そして退職勧奨右による損害については、「原告は、本件の退職勧奨により精神的苦痛を被ったと認められるところ、上記退職勧奨の態様、退職勧奨を契機として体調がさらに悪化し休職に至ったこと等諸般の事情を考慮すると、かかる精神的苦痛に対する慰謝料は30万円とするのが相当」としました。
(6-3)コメント
本件では退職しない意思を明確にした後退職以外の選択肢がないかのように言い、退職勧奨の理由が精神疾患によるもので退職が不可避であるかのように申し向けられていることから従業員の事由な意思決定権が奪われたとして違法性を認めました。
■7.まとめ
以上裁判例をみていくと、退職勧奨を行うこと自体は正当な業務として認められますが従業員が退職しない意思を明確にしているにも関わらず解雇か退職かのどちらかしかないかのように選択を迫ったり、退職を促す目的で自習をさせる行為、給料に見合わない等と自尊心を傷つける言動など従業員の自由な意思決定を阻害するような行為は違法となり不法行為が成立する可能性があることになります。
またすでに精神疾患の既往症がある場合でもその退職勧奨が体調不良の悪化と時期的に対応していれば相当因果関係が認められる可能性があることになりそうです。
会社側も従業員側も自由な意思決定ができる状態で退職勧奨が行われる必要があることになります。