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2024年06月07日

子宮頸がんの発見の遅れが問題になった事例(名古屋の弁護士水野健司)

<目次>

■A0.はじめに

■A1.子宮頸がんの発見が遅れたことに過失を認めつつ14日の遅れは死亡の結果に影響を与えなかったとする事例(大阪地裁昭和62年9月28日判決ウエストロー1987WLJPCA09281060)

■A2.子宮頸がんの検査方法に過失があると認められた事例(東京地裁平成16年6月24日判決ウエストロー2004WLJPCA06240007)

■A3.支給頸がんの検査義務がないとされた事例(東京地裁平成元年3月6日判決ウエストロー1989WLJPCA03060003)

■A4.まとめ

 

<内容>

■A0.はじめに

 がんの発見が遅れることは多くの場合死亡の結果につながり深刻な医療ミスとなる可能性があります。

 今回は特に、子宮頸がんに焦点を当ててどのような場合に医師の過失が認められるのかについて検討したいと思います。

 

■A1. 子宮頸がんの発見が遅れたことに過失を認めつつ14日の遅れは死亡の結果に影響を与えなかったとする事例(大阪地裁昭和62年9月28日判決ウエストロー1987WLJPCA09281060)

 (A1-1)事案の概要

 医師により子宮頸がんの発見が遅れたことにつき過失があると主張し死亡の結果が回避できたと主張しました。

 (A1-2)裁判所の判断

 まず医師の過失について裁判所は、「月子の被告病院医師に対する報告では右廣瀬医師の診察時までに既に三か月以上にわたつて通常の月経と異なる性器出血がみられたこと、右診察後わずか一四日後の昭和五六年六月二五日に大本医師が診察した時には子宮体が超鵝卵大に肥大して硬化しており、かつ子宮内膜組織も組織診で癌であることが明白に認められる状態になつていたこと等と証人廣瀬多満喜(医師)の証言を併せ考えると、六月一一日の廣瀬医師の診察の時点で既に月子は子宮癌に罹患しており、かつ、その癌はその時点でかなりな程度まで進行していたと推認することができ、したがつて廣瀬医師が当日子宮癌等の悪性腫瘍の可能性をまず想定し、月経等で出血が生じている場合でも可能な組織診を実施していれば月子の子宮癌を発見し得たと認められ、そうすると廣瀬医師は、組織診を実施することなく月子の出血を更年期出血と診断して経過観察に付したことにより、月子の子宮癌の発見を大本医師の診察までの一四日間遅延させたということができる。」として過失を認めました。

 そして過失と死亡の因果関係については、各種データから「月子の場合もより早期に癌が発見されて手術が実施されていれば他の臓器等への癌の転移を完全に阻止し、もつて月子の死亡を回避し得えたかもしれないという可能性は否定できない」としつつも本件では、「本件手術時の開腹所見では子宮両側の子宮傍組織には癌の浸潤は認められず、また摘出手術後の病理組織検査において子宮附属器である卵巣に癌の転移は認められなかつたこと等からみて、子宮摘出手術は成功し右子宮癌は一応除去できたといえるにもかかわらず癌の再発を阻止し得なかつたこと、さらに廣瀬医師の診察と大本医師の診察との間の期間がわずか一四日間にすぎないことなど」から考えると、結論としては、「仮に一四日早く廣瀬医師によつて月子の子宮癌が発見されていたとしてもそれによつて癌の転移を阻止し月子の死亡を回避し得たかは極めて疑問であり、結局廣瀬医師の右診療上の落ち度と月子の死亡との間にはいわゆる事実的因果関係自体を認めることが困難であるといわざるを得ない」として過失と死亡との間の因果関係を否定しました。

 次に裁判所は過失と延命可能性との因果関係について、「月子の罹患した子宮頸癌は早期に発見され適切な治療を受ければ比較的予後の良い部類に属するから、月子の場合もより早期に癌が発見されればより効果的治療を受けることができ、生存期間も延長されたであろうと考えられなくはないが、本件では廣瀬医師の診察時点と癌発見の契機となつた大本医師の診察時点との時間的間隔がわずか一四日しかなく、右一四日の時間的隔差が月子の死期に何らかの差異をもたらしたか否かは判定困難というほかない。もつとも前記認定のとおり月子は廣瀬医師の診察後二日程経つた頃から再び不正出血が始まり次第に陣痛様の疼痛を伴う大量の出血が続くようになつたのであり、これと廣瀬、大本両医師の病状所見の著しい隔差を考慮すると、右一四日間に月子の子宮頸癌の病状にかなり急激な進行があつたことを推認することができるけれども、昭和五六年六月二五日の大本医師の診察から同月二九日に組織診の結果が判明し同年七月四日の月子の被告病院への入院を経て同月九日子宮摘出手術を受けるまでの間にやはり一四日を経過しており、その間組織診や月子の手術実施につき特別に遅延を生じた事実も認められないから、仮に廣瀬医師の診察で子宮癌が発見されていたとしても子宮摘出手術実施までに一四日程度の期間は不可避であつたと推認することができ、そうするとその間に前記病状の急激な進行はやはり生じていたと考えられるから、右六月一一日から同月二五日までの病状の急激な進行があつたからといつて、廣瀬医師の診療上の落ち度によつて月子の死期が早められたと認めることは困難であるといわざるを得ない」として延命可能性についても否定しました。

 (A1-3)コメント

 本件では不正性器出血があれば月経中であっても、組織検査を実施しなければならないとして過失(落ち度)を認めましたが発見の遅れが14日間と短期間であったこともあり死亡や延命可能性との因果関係がいずれも否定されました。

 子宮頸がんの進行がかなり速かったとしても14日間という短期間で結果が変わっていたかという立証はかなり困難になるといえるでしょう。

 

■A2.子宮頸がんの検査方法に過失があると認められた事例(東京地裁平成16年6月24日判決ウエストロー2004WLJPCA06240007)

 (A2-1)事案の概要

 本件は子宮頸がんの検査を実施しながらもがんを発見できなかった事案について検査方法に過失があったか否かについて争われました。

 (A2-2)裁判所の判断

 原告が本件で検体採取に先行して内診をおこなったことに過失があると主張したのに対し裁判所は、まず「細胞診のための検体採取を適切に行うためには、内診や膣洗浄に先立って検体採取を行うことが有効であり、子宮癌検診の方法に関する文献においても、内診や膣洗浄に先立って検体採取を行うべき旨の記述のあることが認められる」としましたが、「まず、内診の点については、Y1が本件採取行為1及び2に先立ってこれを行ったことは当事者間に争いがないものの、一般に、医師が患者からの性器不正出血の訴えにより診察を行う場合には、様々な疾患を鑑別する必要があるから、行うべき診察行為の順序等も、子宮癌検診の場合とでは、おのずから異なるものというべきであり、患者に不正性器出血が認められた場合の診察方法に関する文献においても、まず、内診や視診が挙げられており、必要に応じて更に細胞診等の検査を実施するものと記述されている」とし、「したがって、産婦人科の医師としては、本件のように患者からの性器不正出血の訴えにより診察をする場合には、細胞診に先行して内診を行うのが通常であるということができ、特段の事情がない限り、内診を先行したこと自体を医師の過失と評価することはできない」としました。

 そして本件では、「当時のAの年齢、閉経後の期間や、AがY1に「子宮癌かどうか検査してほしい」旨申し向けていたことなどを考慮しても、Y1においてまず子宮癌を疑うべきであったというまでの根拠は見いだせず、上記特段の事情があるということはできない。また、本件採取行為2についてみても、当時のAの年齢、閉経後の期間や、不正性器出血の訴えについて2回目の診察であったことなどを考慮しても、やはりY1においてまず子宮癌を疑うべきであったというまでの根拠は見いだせず、上記特段の事情があるとまでいうことはできない」としました。

 また「膣洗浄については、本件中には、Y1が上記各採取行為に先行して膣洗浄を行ったものと認めるべき的確な証拠はない。」」として、原告の主張は認められないとしました。

 次に、原告は本件で検体採取が綿棒により行われた店に過失があると主張しましたが裁判所は、「日母が平成9年11月に発行した「子宮がん検診の手引き」のほか、複数の文献においても、子宮頸癌細胞診の際の採取器具として綿棒が1番目に記載されている」「

本件採取行為1及び2の当時、細胞診のための検体採取に綿棒を使用することは、一般的な方法の一つとされていたものと認められる」とし、「一般に、細胞診の際の採取器具としては、綿棒、へら(木製、プラスチック)、サイトピック、サイトブラシ等が挙げられ、綿棒を用いた場合は、へら等を用いた場合と比べて正診率が低いとされているものの、他方で、綿棒以外の器具についても短所が指摘されており、例えばへらの場合には、採取時の出血によって適切に検体を採取できないことや、頸管内高位からの採取ができないことが短所として指摘されている」「綿棒の正診率に関しては、扁平上皮化生細胞、腺細胞採取率が約20%であるとの統計報告もあるが、これは子宮頸部に癌や異型上皮が存在していない場合を含んだ統計であり、異型上皮、上皮内癌及び浸潤癌の各場合における綿棒の正診率について、それぞれ、54.8%、71%及び100%との調査報告があることに照らせば、綿棒の正診率が他の採取器具の場合と比較して特に劣っているということはできない。また、本件において、Aの年齢や閉経後の期間に照らして頸部扁平円柱上皮境界が頸管内高位に移動していたと推測されることを前提としても、綿棒が他の採取器具と比べて特に劣っているという事情はうかがわれない」としました。

 結論として裁判所は、「本件採取行為1及び2の際にY1が綿棒を用いたことが医療水準に照らして不合理であったということはできない」から、「Y1が本件採取行為1及び2の際に綿棒を使用したことについて過失があったとはいえない」としました。

 つぎに原告らは本件の採取部位に問題があったと主張し裁判所は、「本件鏡検の際には、本件検体1から頸管由来の円柱上皮細胞が認められていないから、本件採取行為1においては円柱上皮細胞が採取されなかったものと認められ、これを左右する証拠はない」として採取部位が限定されてたとしました。

 次に当時の子宮頸部の状態について裁判所は、「子宮頸部の浸潤癌が発見されながら何の治療もせずに経過観察することはないから、浸潤癌がどの程度の期間でどの程度進行するかについての厳密な統計等はないというものの、次のような報告があることが認められる。

    (ア) 上皮内癌及び浸潤癌の患者の平均年齢の分布に関する複数の統計報告によると、IV期の患者の平均年齢は、III期の患者の平均年齢よりも0.7ないし4.3歳高く、Ia期の患者の平均年齢よりも5.3ないし16.9歳高い。また、上記各報告によると、Ia期の患者の平均年齢は、上皮内癌(0期)の患者の平均年齢よりも2.9ないし7.35歳高い。

    (イ) 上皮内癌から浸潤癌に至るまでの期間は、4ないし48か月であり、平均で14.1か月であった。

    (ウ) 子宮頸癌検診において癌が発見された者の中で、3年以内に検診を受けたことのある集団では、上皮内癌が94%を占めているのに対して、検診歴のない集団では、上皮内癌の占める割合は30%にすぎなかった。

  また、検診間隔を5年以上空けた者に浸潤癌が発見される可能性を基準としてみると、毎年受診している者はその可能性を10分の1に減らすことができ、隔年ごとに受診している者はその可能性を3分の1に減らすことができる。

    ウ 上記イのとおり、子宮頸部の浸潤癌がどの程度の期間でどの程度進行するかについての正確な資料はなく、この点を上皮内癌や浸潤癌の患者の平均年齢の差によって推定するにしても、同(ア)及び(イ)の各報告上の数値にはかなりの幅があるし、相当の個体差があることも否定はできない。しかし、このような点を前提としても、本件中には、同(ア)ないし(ウ)の各報告の信用性について特に疑い抱かせるような証拠はなく、これらの各報告内容からすれば、少なくとも、AがIVb期と診断された平成10年2月よりも約15か月前にすぎない平成8年11月の本件採取行為1が行われた時点において、Aの子宮頸部にIa期以上の浸潤癌が存在したことを是認し得る高度の蓋然性があるということはできる」としました。

 そして本件では、「確かに、被告らが主張するように、子宮頸部に癌又は炎症がない場合には、綿棒により円柱上皮細胞を擦過してもこれを採取できないことも多いが、他方で、子宮頸部に浸潤癌が存在している場合における綿棒の正診率は100%とされていること(前記1(3))に照らせば、上記のとおり本件採取行為1の際にはAの子宮頸部に浸潤癌が存在していたと認められる以上、綿棒であっても、頸部扁平円柱上皮境界の頸管側を擦過していれば、異常細胞を採取することができたものと認めることができるのであって、これを左右するまでの証拠はない(なお、本件採取行為1のように内診が先行していた場合に、上記の正診率に何らかの影響を与える可能性もあるが、上記の判断を左右するほどの影響を与えることをうかがわせるような証拠はない。)」としました。

 結論として、「Y1は、本件採取行為1において、Aの頸部扁平円柱上皮境界の頸管側を擦過しなかったために異常細胞を採取することができなかったものと認めるのが相当であり、この点に過失があったものということができる。」としました。

 その後の本件採取行為2についても、「本件採取行為2の際には本件採取行為1の当時よりもAの子宮頸癌が更に進行していたものと推認されることにかんがみれば、Y1が頸部扁平円柱上皮境界の頸管側を綿棒で擦過していれば、異常細胞を採取することができ、本件検査2においてレベルIという診断はされなかったものということができる」とし、「Y1は、本件採取行為2においても、適切な部位を擦過しなかったために異常な円柱上皮細胞を採取することができなかったものと認めるのが相当であり、この点にも過失があったものということができる」としました。 

 さらに、原告らが、本件検査2の際、超音波断層法、CT、MRI等ことのできる医療機関をAに紹介すべきであったと主張したことについて裁判所は、「Y1による検体採取が上記4のとおり不適切であったにしても、細胞診指導医の関与した本件検査1及び2においていずれもレベルIという判定がされているのであるから、Y1が事後的にこれらの判定を前提として行動すること自体はやむを得ないものというべきである」とし、「星合鑑定によると、〈1〉本件検査1及び2においていずれもレベルIという判定がされたことを前提とすれば、臨床の現場において、CT検査やMRI検査は行わないのが通常であり、また、〈2〉子宮体癌検診を目的とした経膣超音波断層検査を行うことはあり得たとしても、子宮頸癌細胞診による子宮体癌の診断率が50%であるとの報告もあることや、細胞診においてレベルIで萎縮細胞であるとの診断がされていることに照らせば、一般開業医において経膣超音波断層検査を行わないことも理解でき、しかも、同検査による子宮頸癌の発見に対する有効性は高くなかったとされており、以上の鑑定内容を左右するに足りる証拠はない」として、この点の過失を否定しました。

 死亡との因果関係については「病状が進行した後に治療を開始するよりも、治療の開始が早期であればあるほど良好な治療効果を得ることができるのが通常であり、Aに生じた子宮頸癌という疾病の性質や約15か月という、それ自体そう短いともいえない期間を考えると、Aの子宮頸癌に対する治療が実際に開始される約15か月前である上記時点で、その時点における病状及び当時の医療水準に応じた適切な治療が開始されていれば、特段の事情がない限り、Aが実際に受けた治療よりも良好な状況で治療を受け、また相応の治療効果も得られたものと認めるのが合理的である。したがって、Aの病状等に照らして治療が奏功する可能性がなかったというのであればともかく、そのような事情のうかがわれない本件では、上記時点でAの子宮頸癌が発見され、適時に適切な治療が開始されていれば、Aは、死亡した平成10年12月31日の時点でなお生存していたものと推認するのが相当」としました。

 同様に「Y1が本件採取行為2の際に適切な部位を擦過して異常細胞を採取していたならば、Aの子宮頸癌が遅くとも平成9年5月の時点で発見されたということができ、これが発見されていれば、Aの子宮頸癌に対する治療が実際に開始される約10か月前である上記時点で、その時点における病状及び当時の医療水準に応じた適切な治療が開始され、その結果として、Aは、死亡した平成10年12月31日の時点でなお生存していたものと推認するのが相当としました。

 もっとも、「子宮頸癌の5年生存率が、III期で約40%、IV期で約10%とされていること」「をも併せ考えると、上記各採取行為のいずれかが適切に行われていても子宮頸癌によるAの死亡を回避することができたとまでは認められないし、また、Aが平成10年12月31日の後、長期間生存したであろうことを是認し得る高度の蓋然性までは認めることができない」として死亡との因果関係は否定しました。

 結局、「Y1が2度にわたって適切な検査を行わなかったために平成10年12月31日に死亡することとなり、これによって著しい精神的苦痛を被ったものと認められ、以上に加えて上記(2)等の本件に現れた諸般の事情にかんがみると、この苦痛に対する慰謝料としては600万円が相当」としました。

 また親族固有の慰謝料として配偶者に100万円、子にそれぞれ50万円の損害を認めました。

 (A2-3)コメント

 本件では子宮頸がんの採取方法が不適切であったことが過失であり子宮頸がんの発見が遅れたとされましたが、死亡の結果を回避できたとまでは言えないことから慰謝料損害が認められました。

 本件では検査自体は実施されていたことから検査の方法に問題があったとされたものですが、当時すでに浸潤がんが存在したことが前提になっており過失の立証としては困難な場合が多いように思います。

 

■A3.子宮頸がんの検査義務がないとされた事例(東京地裁平成元年3月6日判決ウエストロー1989WLJPCA03060003)

 (A3-1)事案の概要

 子宮頸がんの発見が遅れたことにつき検査すべき義務があったとして訴訟が提起されました。

 (A3-2)裁判所の判断

 まず原告は4が月5月に不正性器出血を医師に告げていたか否かについて裁判所は、「本件カルテには、四月二二日の主訴として尿意頻数及び排尿痛だけしか記載されていないことが認められるほか、〈証拠〉によると、大森病院の八月一九日付けのカルテには、現症経過として、六月一二日から七月末まで断続的に不正性器出血が続いたとの記載があるが、それ以前に不正性器出血があった旨の記載がないこと、被告は、八月の診察時には投薬としてはもっぱら止血剤を投与しているのに対し、四月・五月の診察時には、抗生剤、消炎剤及び抗大腸菌性薬剤を投与しただけで、止血剤の投与など出血に対する対症療法的な処置をしていないことが認められ、また、鑑定人Cの鑑定の結果によると、同鑑定人が八月一九日にAを診察した際の症状から推測して、四月ないし五月ころには出血などの何らかの症状があってもおかしくないとの趣旨の鑑定部分もあるが、右鑑定の結果中には、個体差もあるから必ずしも右時点で出血があったとはいえないとの鑑定部分もあり、さらに、〈証拠〉によると、不正性器出血は、子宮頸癌の初発症状であるが、必ずしも早期症状ではなく、相当進行した後に初めて出血することもしばしばあること」から原告の主張は認められないとしました。

 つぎに、「原告らは、Aに不正性器出血の訴え又はその症状がなかったとしても、なお被告には、子宮癌の検査をなすべき注意義務があったと主張」しましたが裁判所は、「Aは、四月・五月の診察当時三八歳であったことは当事者間に争いがないところ、〈証拠〉によると、子宮頸癌の発症年齢は、四六歳ないし五〇歳が全体の約二〇パーセントを占め最も多いが、三〇歳台も全体の約一五パーセントを占めること、子宮頸癌は、発生率・有病率が一〇〇〇人当たりそれぞれ約1.6人、約2.9人であり、婦人科癌の八〇ないし九〇パーセントを占め、癌としては比較的発生頻度が高いこと、ところが、早期には必ずしも自覚症状を伴わないため、早期発見のための検診の必要性が広く強調されていることを認めることができ、これによれば、Aは、子宮頸癌の好発年齢にあり、その検診を受けることが望ましかったことが認められる。

  しかし、右のような検診が望ましいからといって、当然にそのことが無条件で診療上の注意義務を構成するとはいえず、右事実だけから、産婦人科の一般開業医に対し、常に子宮頸癌の検査をなすべき注意義務があると認めることはできない」としました。

 もっとも本件では、「被告は、四月二二日にAを診察し、その際急性膀胱炎と診断したものであり、〈証拠〉によると、子宮頸癌が膀胱壁に浸潤すると膀胱炎を誘発する可能性があることが認められ、右事実にかんがみると、被告がAを急性膀胱炎であると診断したときに、これが子宮頸癌によって誘発されたものであることを疑い、その検査をすべきではなかったかとの疑問が生じる」としてさらに子宮頸がんの検査義務についてけんとうしました。

 そして裁判所は、「被告は、四月二二日の初診時に、Aからカテーテル採尿をしたところ、尿の混濁を認めたため、Aの疾患を急性膀胱炎であると診断し、抗生剤及び消炎剤を投与し、右採取尿の検査を京浜予研に依頼したところ、尿中の白血球、赤血球及び扁平上皮の増加並びに大腸菌が確認されたため、被告は、急性膀胱炎の診断を確信するとともに、その起炎菌は大腸菌であると診断したこと、被告は、同月二八日の診察時に、右検査結果を踏まえて、抗大腸菌性薬剤であるシックマイロンを投与し、五月一〇日の診察時に、再びカテーテル採尿をしたところ、採取尿の混濁は消失しており、また、その検査の結果、尿中の白血球、赤血球及び扁平上皮の増加傾向並びに大腸菌はほぼ消失したことが確認されたこと、その後、Aは、八月までa医院を訪れていないことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。」「膀胱炎の典型的な症状は排尿痛、尿意頻数及び尿混濁であり、この三主徴が認められれば、臨床的には膀胱炎の診断が可能であるとされていること(ただし、確診のためには採尿のうえ尿沈渣検査等による尿中の細菌及び白血球の増加等の確認をすることが必要である。)、膀胱炎に対する治療法は、急性単純性膀胱炎(基礎疾患によらない細菌感染に起因するもの)については、起炎菌に即応した抗菌薬の投与であり、通常は薬剤によく反応し、それだけで足りるが、慢性複雑性膀胱炎(基礎疾患に誘発された細菌性又は非細菌性の膀胱炎)については、細菌性のものでも有効な薬剤によって尿中の細菌などがすぐ消失することは少なく、通常基礎疾患を治療しない限り根治することができないため、化学療法よりも基礎疾患の発見及び治療が優先することが認められ、右事実に照らして、Aの前記膀胱炎の症状、経過を検討すると、四月二二日の初診時において、Aには膀胱炎の三主徴が認められたほか、尿検査の結果、大腸菌及び膿尿が確認され、しかも、その後、右症状は抗菌薬に極めてよく反応し、二〇日足らずで尿中の大腸菌及び膿尿が消失したことが認められ、このことにかんがみると、遅くとも抗菌剤によって大腸菌の消失が確認された時点において、Aの膀胱炎を急性単純性膀胱炎であると確診することが妥当性を欠いていたとはいえず(鑑定人Cの鑑定の結果も同旨)、したがって、被告がそれ以上に基礎疾患(子宮頸癌)を疑わず、検査もしなかったことに過失があったということはできない」として過失を否定しました。

 (A3-3)コメント

 本件では不正性器出血のあったことが証拠から明らかでなく、不正性器出血がない前提で子宮頸がんの検査を実施しなかったことに過失がないとされました。不正出血が証拠上明らかになっていれば結論が変わっていた可能性はあったように思います。

 

■A4.まとめ

 子宮頸がんの発見の遅れが問題になるのは、まず子宮頸がんの症状として例えば不正性器出血がある等肺腺癌を疑うべき状況にある必要があります。そのうえで組織診を実施しないなどの不注意があって、存在したはずの組織片を検出できなかった場合が問題になります。

 また仮に症状に関して見落としがあり注意義務違反(過失)があったとしても、注意義務を果たしていれば死亡等結果を回避できたといえなければ損害との因果関係がないこことになってしまうため、この点についても十分に検討する必要があります。

 もっとも死亡の結果自体は回避できなかったとしても、ある程度の延命可能性が認められれば慰謝料損害を認める裁判例もありますので因果関係の立証が困難だからといって諦めてしまうことのないようにする必要があるでしょう。

 

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