令和4年以降の最新裁判例から考える労働契約の成立(労働者性)の判断について(名古屋の弁護士)
■働き方の多様性
新型コロナウイルス感染症の流行以降はライフスタイルが多様化したこともあり、働き方についてもさまざまな形が出てきています。
中には労働契約で行っていたものを業務委託に変更して時間や場所に拘束されず、成果に応じて報酬を支払う形態も多くなってきています。
■経営者にとって都合がいい?
労働契約となれば労働基準法の適用があり、最低賃金、時間外労働、解雇制限など多くの問題が生じることから、形の上で業務委託にして、労働契約の使用従属関係を維持しながら、賃金の面では業務委託の部分を使って、残業代などの支払いを免れようとする事例が多くの業種で問題になってきています。
そこで今回は令和4年以降の新しい裁判例で労働契約の成立(労働者性)が争われた事案について、特に焦点を絞って検討してみたいと思います。
■労働者性の判断基準について
裁判所では労働者性は労働基準法9条にいう労働者といえるかという形で問題になります。例えば、東京地裁の裁判例*1では以下のような判断基準を立てています。
「労働者とは、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者であり(労働契約法2条1項、労基法9条)、労働者性の有無は使用従属性の有無によって判断すべきものと解される」としています。
そして「使用従属性の判断に当たっては、①指揮監督下の労働といえるか否かについて、仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督の有無、勤務場所・勤務時間に関する拘束性の有無、代替性の有無等に照らして判断され、②報酬の労務対償性について、報酬が一定時間労務を提供していることに対する対価といえる場合には、使用従属性を補強するものとされ、①、②の観点のみでは判断できない場合に、③事業者性の有無(機械・器具の負担関係、報酬の額、損害に対する責任等)、専属性の程度等が勘案されるものというべきである。」としています。
この労働者性の判断は総合判断とされるため、基準が明確でなく裁判をしてみないと労働者かどうかがはっきりしない等と批判を受けることもありますが、判断が難しい微妙なケースがあるものの、多くは指揮命令関係や時間的場所的拘束性などをみることにより判断は可能です。
問題は経営者や管理監督者など企業側に立ってしまうとどうしても自己に都合のよい解釈をしがちになってしまい、判断が経営者に甘くなってしまいがちです。
そのため、外部の第三者の意見、例えば弁護士に意見を聴くなど客観的に判断できるようにする工夫が必要でしょう。
■SNS相談業務(スクールカウンセリング)について労働者性がみとめられた例*1
まずこれはスクールカウンセリングをSNS相談で行うといた原告がこれを運営していた会社(被告)に労働者性を主張したというものです。
裁判所が認めた事実によると、「SNS相談業務については、開始時刻になると、端末の画面上に多数の相談のメッセージが表示されるが、各カウンセラーは、自らが対応するメッセージを選択することはできず、部屋に配置されたスーパーバイザーが当該メッセージに対応するカウンセラーを決定し、当該カウンセラーが対応を開始し、1件の相談が終了すると、スーパーバイザーの指示に従い、次の相談に対応していたこと等を考慮すると、原告を含むカウンセラーにおいて、仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由があったとはいえない。」としてカウンセラーはスーパーバイザーの指示に従っておりこれを拒否することができなかったと判断しました。
さらに「各契約書の条項中には、被告らが原告に対して業務命令を行うこと、被告会社が制定する規程の適用を受けること、被告NPOが原告との関係を雇用関係として管理を行うこと等を前提とした定めが存在する。そして、実際に、SNS相談業務においては、原告を含むカウンセラーは、その業務につき、スーパーバイザーの指示に従うこととされており、スーパーバイザーは、カウンセラーの相談者に対する回答内容をモニターで確認し、カウンセラーに対し、対応の追加や修正を指示することもあったほか、昼食や休憩についても、スーパーバイザーの指示に従って交代でとることとされていた。また、スクールカウンセラー業務においては、原告は、緊急の対応が必要とされる場合、被告会社から個別の指示を受けることが予定され、必要に応じて、スーパーバイザーに相談して指示を受けることとされていたほか、出勤簿を提出させる方法による出退勤時刻の管理も行われていた。」としました。
そのため「原告については、業務遂行上の具体的な事項について、被告らの指揮監督が及んでいるというべきであり、勤務場所・勤務時間に関する拘束性も認められる」としました。
さらに報酬については、「本件契約1において、被告会社の純利益(税込み)の40%等の一定割合による報酬を月末締め翌月15日払いで支払うこととされていた」ものの、「実際には、時間又は勤務を基準として支払われていたのであるから、報酬が一定時間労務を提供していることに対する対価として支払われていた」と判断しました。
結論として、「SNS相談業務に使用する端末等の機器は被告らの所有するものであること等を考慮すると、一般に、カウンセリング業務が個々のカウンセラーの専門的知識に依存するところが大きいことや、本件契約書1には、健康保険、年金保険及び所得補償保険については、自己の責任で加入することとの定めがあったこと等を考慮しても、原告については、使用従属性が認められる。そうすると、本件各契約は、労働契約と認めるのが相当である。」としました。
ここではカウンセリングが専門知識によるものであることから指示を受けているといえるのかが問題になりましたが、メッセージを割り当てるのがスーパーバイザーであることや、カウンセリングの内容について一定程度スーパーバイザーの指示を受けていることから、使用従属性があると判断されました。
弁護士が市民法律相談で法律相談業務を担当する場合のように カウンセラーがもっと独立性の高い状態で業務を行うという業態であれば労働者ではなく業務委託と判断される可能性は十分に考えられるところです。
■ハウスクリーニング業務について労働者性が否定された事例*2
個人事業主として業務を受注する場合に業務委託の範囲内にとどまっているのか、労働契約に至っているのかについては判断が難しい場合もありますが、この事例では労働者性が否定されています。
この事例で個人事業主としてハウスクリーニングをおこなっていた原告は、他社(a社)から主に仕事を受注していましたが、ある時期以後は被告のみから仕事を受注するようになったことから業務委託から労働契約に変更したのではないかが問題とされました。
裁判所は労働者性の主張について「たしかに原告は,令和元年5月以降は,a社において稼働しておらず,被告から仕事を依頼された場合には断ることなく依頼を受け,その仕事を行っており,他方,被告は,原告の仕事の現場を把握し,また,その作業時間を概ね把握しており,さらに,被告事務所の利用等について原告に具体的に指示を出したり,原告に対して居住場所を紹介,斡旋して,原告を被告事務所の近くに住まわせたりしていたというのであるから,原告は,被告から依頼を受けた仕事の遂行に当たって,被告との関係で一定の従属性があった」ことを認めました。
しかしながら裁判所は、「原告が被告から依頼を受けたハウスクリーニングの仕事そのものの遂行に関しては,被告から具体的にその方法の指示を受けているものではなく,具体的な仕事の遂行方法については原告の判断に委ねられているものと認められ,また,その仕事に当たる作業時間についても,被告があらかじめ定めていたとか,被告の指揮監督に強く拘束されていたものとまで認めることはできない。」として、具体的な指示がないこと、時間的な拘束がないことを指摘しました。
また「原告が平成31年1月頃から同年4月において被告から依頼を受けて仕事を行っていたときは,原告の主たる業務は,a社における業務であり,被告から仕事の依頼を受けるかどうかを含め,原告の判断に委ねられていたところが大きく,雇用契約関係にあったものとまで認めることはできず,業務委託契約関係にあったものと認めるのが相当である。他方,同年(令和元年)5月以降において原告は,被告から多くの仕事の依頼を受けるようになり,被告が行う仕事のほとんどは,被告から依頼を受けた仕事となり,原告の仕事の遂行の状況が変わったのであるが,原被告間でその契約関係につき特段の話合いは全くされておらず,基本的には,同年4月までの原被告間の契約関係が引き継がれているものと見るのが自然であり,当事者の合理的意思にも合致するものと考えられる。加えて,原告が被告から依頼を受けたのは,同年1月頃から同年4月までの間と,同年(令和元年)5月から同年8月10日までの間も同じく,原告が労務を提供することそのものではなく,ハウスクリーニングなどの原告が行うことが可能な仕事を引き受け,これを遂行することであったものと認めることができ,同年4月までの原被告間の契約関係が同年5月以降においても継続しているもの」と判断しました。
結論として「これらの事情等を総合考慮すると,平成31年4月から同年(令和元年)8月10日までの間において,原告が被告の指揮監督下において労務の提供をする者であるとまで認めることはできず,原被告間の法律関係は業務委託関係にあった」と判断しました。
この事例では当初業務委託であったものが従属関係の高い形に変更されており判断が微妙となりますが、変更時に特に話し合いがなかったことから労働契約への変更はなかったと判断されました。
また原告が受注したのはハウスクリーニングだけであり原告の事業性があるともいえそうです。
もっとも仮に当初から従属関係の高い形態であった場合は労働契約であると判断された可能性もった微妙な事例だといえます。
■女性従業員の送迎業務について労働者性を肯定した事例*3
本件は女性従業員を送迎する業務を行っていた原告が会社(被告)に対して労働者性を主張し、認められたものです。
裁判所は、「①原告は、主に週に土曜日以外の6日間に勤務し、運転手業務に従事する際、勤務時間中、本件店舗の近く等で待機し、指示に従える準備をしておき、被告から指示があり次第、女性従業員を送迎する業務を行っており、被告の指示を断ることはできなかったこと、②原告は、内勤になった後も、被告から内勤又は運転手業務のいずれを行うか指示を受けて、本件店舗等で被告の業務に従事していたこと、③原告が支払を受ける報酬は、原告が被告の業務に従事した始業から終業までの時間に対して時給で支払われ、原告が遅刻をすると、罰金と称して報酬から遅刻した時間に応じた額を一部差し引かれたことがあったこと、④原告が、被告での勤務を休む場合、本件店舗の店長のBに連絡し、了承を得ていたこと、⑤送迎に用いる自動車は原告所有であったものの、被告から原告が業務に使用したガソリン代や駐車場代が支給されていたこと、⑥原告の判断で原告以外の者を補助者としたこともなかったこと」が認められるとしました。
そして「これらによれば、原告は、具体的な仕事の依頼、業務従事の指示に対する諾否の自由が乏しく、業務遂行上被告から指揮を受け、勤務時間及び場所に拘束性があり、原告が従事した時間に対して報酬の支払を受け、労務提供の代替性も乏しく、自動車を所有するものの事業者性も強くなかったといえ、以上によれば、原告は被告の指揮命令に従って労務を提供し、労務に対する対償として報酬の支払を受けていたものであり、原告と被告の本件契約は雇用契約であった」として労働者性を肯定しました。
本件では原告が他の正社員とは勤務形態が違っていたことから労働者性が問題にされましたが、原告はアルバイトであったと説明しているなどからして勤務形態が違うからと言って業務委託であったとはいえないと判断しています。
車で送迎したり軽貨物を搬送したりする業務が労働であるのか業務委託であるのかについてはよく問題になりますが、時間的場所的に拘束され、上司の指示に従う必要がある場合では労働契約であると判断されることも多いと思います。
■建設工事について労働者性が肯定された事例*4
本件では被告Y2(会社)から現場いで携帯電話の基地局に関する建設工事に従事した原告が業務委託を前提とした報酬しか支給されなかったことから労働者性を主張したものです。
裁判所は、「本件についてみると、本件契約書の表題は「業務委託契基本約書」とされており、本件契約が委任契約のような形式となっているが、原告は、現場において、被告Y1との間で業務委託契約を締結している被告Y2社のBから指示を受けて本件作業に従事しており、具体的な仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由はなく、業務遂行上の指揮監督関係があり、時間的場所的拘束性があるといえるから、指揮監督下の労働である」としました。
さらに、「原告の労務の提供に対する対価が払われており、報酬の労務対償性が認められる。これらに加え、本件求人票は労働契約を前提としており、被告Y1がハローワークとの関係においても本件契約が労働契約であることを前提とする対応をしていることに照らすと、原告は労働者であり、本件契約は労働契約と認められる。」としました。
本件では求人票では労働契約を前提としていましたが、原告との間に業務委託契約を前提とする契約書が結ばれていたことから、被告Y1は業務委託を前提として報酬を支払っていたという事例ですが、裁判所は労働契約であったとして求人票で記載した報酬を給与であるとして未払分の請求を認めています。
このように契約書で業務委託となっていたからといって、労働契約でなくなるわけではないことに注意する必要があります。
■飲食店の接客業務について労働者性が認められた事例*5
この事例では飲食店で接客業務をしていた原告が店舗(被告)に対して労働者性が認められたものです。
裁判所は、「原告はキャストとして顧客を接客するに当たり、諾否の自由はなかったこと、業務遂行時は具体的な指揮命令を受けていたこと、勤務する店舗は指定され、出勤時間はシフト表により被告が指定するなど原告の勤務場所・勤務時間は拘束されていたこと、報酬は時間給を基本として歩合給を加算しており、報酬の計算方法は基本的に労務の結果ではなく労務提供の時間によっていたこと、報酬から厚生費が天引きされたり、源泉徴収もされていたこと、原告の接客する際に着用する衣類は全て被告が用意していたことなどが認められる。以上によれば、原告は、被告の指揮命令に従って労務を提供し、その対価を賃金として受け取っていたと認められるから、本件契約は労働契約である」としました。
本件では被告から具体的な反論がなかったものですが、時間的に拘束されていて労務の対価として報酬が支払われていることから業務委託ではなく労働契約であると判断されました。
■労働契約の潜脱は厳しく判断される
以上みてきたところによれば、多くの場合経営者が自分に都合のよい業務委託であると解釈して業務委託契約書を締結した事例もありますが、あくまで実態が判断基準であり、具体的な指示があり拒否できないような指揮命令権があるか、時間的場所的に拘束されているかなどを中心にして判断していくことになります。
経営者としては自分に都合のよい業務委託とならないように、実態も業務委託(請負や準委任)となるように整備する必要があります。
前述のように労働基準法を潜脱しているかどうかは裁判所の判断になります。自社の形態に不安があるという場合は弁護士に相談するとよいでしょう。
■お気軽にご相談ください
水野健司特許法律事務所
弁護士 水野健司
電話(052)218-6790
■今回紹介した裁判例
*1 東京地裁令和4年11月22日判決2022WLJPCA11228001
(SNS相談によるスクールカウンセリング業務について労働者性を肯定した事例)
*2 東京地裁令和4年2月2日判決2022WLJPCA02028012
(ハウスクリーニング業務について労働者性が否定された事例)
*3 東京地裁令和4年9月2日判決2022WLJPCA09028011
(女性従業員の送迎業務について労働者性が肯定された事例)
*4 東京地裁令和5年7月26日判決2023WLJPCA07268008
(建設工事について労働者性が認められた事例)
*5 東京地裁令和5年7月20日判決2023WLJPCA07208005
(飲食店の接客業務について労働者性が認められた事例)